IMFは7月31日、日本経済の「年次審査報告」と5年ぶりの「金融システム安定性評価」を公表しました。日本のメディアはほとんどこの内容を取り上げていませんが、今後の金融政策や金融行政の方向性を占う意味で重要なコメントが含まれています。日本の事情もよく知らない国際機関に過ぎないIMFの評価と侮ってはいけないとおもいます。報告書自身に日本政府の意図が反映されているからです。
◎報告書は誰が誰に聞いて作成されるか
IMFは毎年、日本経済全体の動向をレビューしています。経済運営、財政政策、金融政策がうまく機能しているかどうか、IMFとしての評価を示します。今年の年次審査法報告書はアベノミクスの評価から書き起こされています。結論は目的は未達であって、構造改革の継続の必要を説いています。改革のメニューはいわずもがなの労働市場改革です(このため日本では注目されなかったのかもしれません)。正規雇用、女性及び高齢者の労働参加の拡大、外国人労働者の活用・促進とそして賃上げです。日本国内では珍しくもないテーマですが、外国から見た構造問題として文字となって示された点に意義があるのでしょう。ただし、いま懸案のホワイトカラーイクゼンプションは外されています。
報告書はIFMの日本担当者が来日してヒアリングを行い、それをもとに作成されます。ヒアリング先は日銀、金融庁など霞が関と今回は民間金融機関の経営者です。日本当局側は“書いてもらいたい”テーマを出します。ひらたく言えば「IMFにねじ込む」(当局)そうです。政策の妥当性を海外に認めさせて公表を促す―つまり外圧を使っていることになります。IFMの評価であっても、その正体は日本の政策当局の意図にほかなりません。茶番と言ってしまえば、身も蓋もないことになりますが、いまの政府の意図が透けて見えるということに着目すべきです。ホワイトカラーイクゼンプションが外されたのも政治的判断があったためでしょう。
このコラムでは2点ほど日本政府の意図を指摘したいと思います。ひとつが財政政策のあり方についてです。報告書は、「中期的な財政健全化が必要である」と強調する一方、「多くの理事が経済に対する短期的な財政支援の必要性を支持した」としています。実はIMFは日本の景気に配慮して財政出動を支持しているのです。ここは微妙な表現で原文は「Many
Directors supported …, although a number of others emphasized the urgency of fiscal
consolidation.」となっています。理事たちの全員一致ではないものの、財政拡大に賛成です。PB黒字化未達が確実視されていることや安倍総理が消費税引き上げを改めて実施すると発言するなど、いまは財政拡大の雰囲気はないように見えます。昨年から今年の春までの国土強靭化など財政拡大イケイケどんどんの機運は消えています。
しかし、IMFの報告書では財政出動促進なのです。政府の本心がここにあるように思います。官邸は海外からシムズ米プリンストン大教授などの著名学者を呼んで財政出動と消費税の引き上げ延期の下地作りにいそしんでいましたが、そのスタンスはIMFの報告書にしっかりと書き込んであるのです。
消費税10%への引き上げは2019年10月です。来年の秋には自民党総裁選もあるので、そのタイミングで事実上の引き上げ決定を行う可能性があります。日銀は消費税引き上げによるデフレマインドの再来を極度に警戒しています。したがって、幹部のなかでは財政出動派が意外に多いのです。IMFのここの部分の記述は日銀と官邸の意向が色濃く反映された可能性があります。来年度と再来年度の公共投資が増えるのではないでしょうか。
◎地域金融機関の再編に言及
もうひとつが金融行政の方向について強いアクセントがあることです。「高齢化と人口減少は金融仲介における銀行の役割を減じ、地方銀行や信用金庫に特に困難をもたらすだろう」と述べています。マイナス金利政策によって貸出利ザヤの縮小が続き、すでに地銀と信用金庫は経費削減を大幅に進めていると指摘しています。さらに今後、「地方銀行が手数料収入拡大、経費節減、及び統合を検討する必要がある」言及する同時に「存続可能性に関する懸念が見つかった場合には迅速に対応する必要性がある」と強調しています。これほど地域金融機関の経営問題に焦点を当てた報告書はこれまでなかったことです。これは間違いなく金融庁の指図です。
驚いたのは経費の削減という件です。最近、金融機関の経営者クラスから聞こえてくるのは人件費の圧縮、削減です。利ザヤがマイナスになっている以上、あとは経費を削るしか方法がないからです。金融庁の森長官は最近の地銀の例会で禁断ともいうべき言葉を発しました。利益がでない、経費が賄えないのならダウンサイジングが必要だと。ビジネスモデルに将来性がないのなら縮小均衡を目指せという趣旨です。確かに貸出先もないのなら、ダウンサイジングはひとつの経営判断です。ダウンサイジングは単に資産・負債の縮小だけを意味しません。人員の削減、物件費の圧縮も同時に行うことになります。これは推測ですが、森長官の警告だと思います。
報告書はさらに踏み込んで「公的支援への期待を制限するため、危機管理・破たん処理の枠組みの強化の必要性を強調したThey also stressed the need to strengthen the crisis management and resolution framework to limit
expectations of public
support.」とあります。すでに世界最先端・最強のセーフティネットを構築した日本ですが、さらに「強化」する必要があるというのです。ただし、具体的に枠組みをどう強化するのか触れていません。しかし、文脈からは一点読み取れそうな中身があります(深読みし過ぎかもしれませんが)。金融機能強化法を制限するのではないかということです。この機能強化法は経営者のモラルハザードを引き起こしているという指摘があります。これは当然のことで、そもそも金融庁が意図して、経営者の公的資金への前向きな姿勢を引き出そうとして成立した法律ですから、仕方のないことです。いまのところこの時限立法は当分の間継続というのが金融庁の方針ですが、もしかしたら時限立法の時期をそのままにするのかもしれません。誰がこの文脈をサジェスチョンしたのか不明です。もし、当局者だとすると機能強化法の適用を早く申請しないと使えなくなる恐れがあるということになります。いずれにせよ気になる記述です。IMFが遠吠えのように書いていると考えれば、なんでもないことなのですが、先述したようにこの報告書の中身は日本の政策当局が提供しているということを忘れてはいけません。
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