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平成29年度版「金融行政方針」の読み方

金融庁は平成29年事務年度の金融行政方針を11月10日に公表した。森長官の3年目の施政方針であり、森金融行政の最後の詰め、最終的な姿を示すものとして注目されている。内容についての解説はどこかで当局者が行うものと思われるので、読後感想をランダムに書いてみたい。

◎現状認識の厳しさ

 

 金融行政方針が公表される前から注目されていたのは、地域金融機関、なかんずく地銀経営への評価と今後、行政が制度面で何を整備していくかという点でした。しかし、それよりも現状認識・環境認識の厳しさにまず驚きました。
「将来にわたる地域金融の健全性と金融仲介機能の発揮」というチャプターにそのすべてが記述されています。引用で恐縮ですが、「本業の赤字が続くなどビジネスモデルの持続可能性に問題のある金融機関が増加しているが、人口減少による資金ニーズの低下など、地域における経営環境の悪化は今後も続くと予想される。こうした環境の下で金利だけに頼る融資の拡大競争を継続するならば、将来的に淘汰される金融機関が出現したり、地域によっては金融サービスを提供する地元の金融機関がなくなる可能性も考慮する必要がある」。
 とくに「地域によっては金融サービスを提供する地元の金融機関がなくなる可能性も考慮する必要がある」という表現にはあまりにも直接的で驚きました。金融庁は地元の金融機関が消滅することを想定、覚悟していることになります。勿論、金融機関は手をこまねいてばかりではないでしょう。ビジネスモデルを模索し、経営を維持する努力を続けるはずです。しかし、金融庁側はビジネスモデルが構築できないのなら、敢えて存続にはこだわらないという意識があるように受け取れます。地域の人口減少と企業が消えていく中で金融機関だけが残っているという構図を描くことはもはやナンセンスなので、当局としても割り切ったのだと思いました。

 

◎「競争のあり方」とは何か

 

 自助努力が限界ならば、再編によって存続する道を探るはずです。この点について、「同一地域内の経営統合については・・・寡占・独占のリスクが指摘されている。・・・地域の企業・住民に適切な金融サービスが提供されることを確保する観点から、金融行政上の課題について、競争のあり方も含め検討する必要がある。」としています。
 キーワードは“競争のあり方”です。この言葉をどう解釈すればよいのか、何を指しているのでしょうか。長崎県と新潟県の地銀の統合は公取にストップがかけられ、事実上、凍結で統合の見込みはないと思われます。公取にストップを掛けられ、金融庁も困っているはずです。(なお、金融庁の建前は地域住民にとってメリットある統合なら応援するというもので、先頭をきって再編を主導するつもりはないと言明しています)繰り返しますが、困っているはずの金融庁が行政の課題として「適切な金融サービスが提供されることを確保するために競争のあり方」を検討するとはどういうことでしょうか。金融行政方針にはこれ以上何も書いてありません。あとは想像するだけです。
 素直に読んで、➀競争の交通整理を買って出るということかもしれません。いまは店舗出店規制は完全自由化されていますが、これも認可制に戻す、あるいは特定の業務を制限することが考えられます。ネット時代にいくら制限しても意味はないという反論が想定されますが、一定に効果は見込まれるはずです。銀行業務を規制して公取の判断を求めるという発想です。そのためにアリバイとして公的資金を注入するということも考えられます。
 ②は、資本と資産・経営の分離です。経営を外部委託して、資本はその地域から撤退します。統合はせず、顧客サービス業務だけを残すというものです。あるいは完全に清算して売却というバリエーションもあるかもしれません。
 ③は、公取がクレームを付けない相手を探すということです。ひとつは日本郵政(HD)にぶら下がるという手段です。ゆうちょ銀行との統合でもいいのですが、業界内の反対がつよそうなので踏み切るのは大変でしょう。これなら公取は文句はつけられないでしょう。
 ④あるいは、公取との間で公式な会議を設け、正面から地域金融の寡占問題を扱うという手段もあります。ただし、実現できるかどうか、まったくわかりません。あるいはもはや産業政策の一部としてとらえ、産業競争力強化法の特別枠でもとりにいくという手段もあるかもしれません。
 完全に小生が勘違いしているかもしれません。知恵が足りないのでご勘弁下さい。しかし、ともあれ、金融庁が“競争のあり方”に言及したことの意味が大きいと思っております。

 

◎早期是正措置の見直し

 

 先のチャプターは、次のように続いています。「地域の企業・経済に貢献していない金融機関の退出は市場メカニズムの発揮と考えられるが、他方、退出によって、金融システムへの信認が損なわれたり、顧客企業や預金者等に悪影響が及ぶことは避けなければならない。このため、金融機関の健全性に関する早期是正のメカニズム、金融機能の維持や退出に関する現行の制度・監督対応に改善の余地がないかについても検討する必要がある。」
 自己資本比率のミニマム規制がありますが、危険水準(4%、あるいは8%)に近づく蓋然性が高まったときには予防的に資本増強、ないしは経営の改善を求めるという趣旨だと思います。
 BIS規制はワールドワイドの取り決めですが、別に日本が追加的に規制を強化してもなんら問題はありません。現にイギリスでもアメリでも行っています。しかし、追加的規制の枠組みが具体的な数字となると議論がまとまらない可能性があります。高すぎるとか低すぎるとか、侃々諤々でしょう。客観性を担保するためには知恵が必要です。いずれ公式の場を設け、議論を始めると思われます。

 

◎金融仲介機能のベンチマークの強化

 

 次は金融仲介機能のベンチマークの強化です。いずれはベンチマークが検査マニュアルや監督指針に代わって、金融庁の監督の基本ルールになるのではないかとみていましたが、やはりというべきか前面に出てきました。「金融仲介機能のベンチマークを発展させ、各金融機関の金融仲介(企業の価値向上支援等)を客観的に「見える化」できる統一された定義に基づく比較可能な共通の指標群(KPI)を策定し、当該KPIも活用しつつ、地域金融機関と深度ある対話を行う。」という方針が示されました。
 共通の指標ですから、勿論、個別金融機関の比較を行うつもりでしょう。しかもミニマムベースラインとなるので、共通の指標をクリアしたか、していないのかが、「深度ある対話」で当局と金融機関との間で争点となります。
 なかでも企業の再生が大きなメインテーマとなると見られますが、「地域企業の価値向上や、円滑な新陳代謝を含む企業間の適切な競争環境の構築」とも書いてありますので、事業清算への取り組みもガチンコのテーマとなると思います。金融庁が唱える「共通価値の創造」という考え方は、うまくゆけば取引先も銀行もともに栄えるという思想ですが、取引先の将来性がないのなら、新陳代謝=潰すことも促すということになります。現在、貸出条件緩和債権の扱いが緩和され正常先となっている隠れ不良資産が少なからず存在します。体力のある銀行は積極的に貸倒引当金を積んでいます。準備が整っているときは、その引き金を引けということでしょう。
 低金利の中で微温的に存続している企業を淘汰していくことは却って地方経済の活性化につながる可能性があります。企業の存続が必ずしも地方経済を維持することにはなりません。今後、金利が上昇していく過程でリスケしきれない企業の淘汰を地銀がどれだけリーダーシップを取って進めていくか、こうした負の側面の処理も深度ある対話の中身となるはずです。
  ただ、このタイミングでベンチマークをなぜ強化するのでしょうか。おそらく金融庁が当初、意図したような効果が表れていないからだと思われます。ベンチマークはその名前の通り、金融仲介機能の強化にあります。これが役にたっていないという判断があったのではないかと思います。ベンチマークの機能について金融庁内部で検討した結果が思わしくなく、運用を強化しようという判断に傾いたのではないかと推察します。ベンチマークの公表から時間はそれほど経っていません。まだ、ベンチマーク導入の評価を変えるようなタイミングとは到底思えないので、多少、意外感が残ります。形骸化の恐れを感じたのでしょうか。
 強化の理由のひとつとして、「日本型金融排除」の可能性が窺われたとしています。銀行の取引先3万社に送ったアンケート調査(回答は8000社)結果を引用して、金融排除の実態を推定しています。しかし、残る2万2000社は回答を見送ったわけですので、むしろ、その理由を聞きたいほどです。およそ当局からのアンケート調査なので、軽視はできないと思われます。2万2000社の言い分に案外真実が隠されているかもしれません。ともあれ、8000社の言い分で十分と判断したことにはそれなりの理由があったと思います。アンケートは所詮、アンケートに過ぎません。実際には当局自身によるヒアリングが元になっているのかもしれません。
 
◎ビジネスモデル検査の実施

 

 これも驚きでしたが、地銀のビジネスモデルの維持可能性について、“検査”を入れて「課題解決に向けた早急な対応を促す」としている点です。ヒアリングや対話だけでは、地銀の経営者を動かすことができないのなら、検査を入れて経営課題を括りだし、その対策が不十分であれば、行政処分・業務改善命令を出すということでしょう。資本不足が見込まれると判断すれば、増資計画を立てることになることでしょう。経費が多すぎるとなれば、人件費・物件費の削減計画の作成を命じ、定期的に計画書進捗状況をチェックするというプロセスがみえます。ほかにもガバナンスの問題があれば経営者の責任を問うということもあるかもしれません。
 深度ある対話と検査を入れるという行為の間には天と地との開きがあります。かたや行政裁量ですが、かたや命令を含みます。なぜ、大きなジャンプを行うという判断に傾いたのでしょうか。その理由について、金融行政方針は、収益悪化が見込まれることとガバナンスの不在を挙げています。これほど当局が銀行の収益が悪化し、その対応が不十分だと字数を割いていることは珍しいことかと思います。株式市場の投資関係者がこの方針を読めば、地銀には株式投資なんかできないと思わせるほどの危機感が醸成されています。
 銀行の経営者向けの警告は投資家にとっても警告です。そうした当局による警告を市場が動揺するかもしれないというリスクをとって敢えて出したということは相当踏み込んだ印象があります。
 なお、保険会社や証券会社に対しても地域金融機関と同様にビジネスモデルの維持可能性とガバナンスについて深度ある対話を行うとしています。

 

◎国益強調の意図は

 

 この金融行政方針の冒頭には基本方針が記述されていますが、その次に「国益を基本とした行動の実現」を掲げています。金融庁の職員は国家公務員なので国益の追求というのは職務の前提、定義そのものです。金融庁は2012年に「金融庁職員のあり方」という行動指針と取りまとめました。そこには、「省益を追わず、国益を追う」、「前向きな失敗は、良しとする」といった心構えがまとめられています。しかし、行政方針では「作成から5年を経るうちに形骸化し、実効性が伴っていない」とし、事なかれ主義や省益優先が目立つというのです。

 したがって、「人事改革、なかんずく人事評価の改革を金融庁改革の中核として位置づける」としています。昨年の金融行政方針でも示された方針ですが、だいぶアクセントがついています。ちなみに、国益という表現は昨年は5か所、今年は7か所となっています。
 組織運営で人事評価は基本の基本です。それは金融庁内のいわば内部事情、内部管理のテーマです。金融行政方針は外向け、金融庁が監督する業者、監視する市場への方針の提示であるはずですが、こうした内部の方針をことさらに強調して掲載したのはなぜなのでしょうか。むしろ、何か内部で事故が多発しているのではないかと勘繰りたくなるほどです。たしかに対外公表の公文書に記述すれば、庁としての本気度が職員にも伝わりやすいという判断があったのかもしれません。ただ、ほかの省庁の公表物には見られない内容なので意外感がありました。
 個別の中身に触れませんでしたが、フィンテックにせよ大きなテーマを掲げています。機会があればまたこのブログでフォローしてまいります。