コインチェック社から580億円もの仮想通貨NEMがハッキングされ、これをうけて金融庁は3月8日、2月2日からの立入検査結果を受けて取り扱い業者7社に対し、行政処分を行った。このうち業務停止命令を受けたのは2社。コインチェック社には、①経営体制の抜本的な見直し、② 経営戦略を見直し、顧客保護を徹底、③取締役会による各種態勢の整備、④取り扱う仮想通貨について、各種リスクの洗出し、⑤マネー・ローンダリング及びテロ資金供与に係る対策、⑥現在停止中の取引再開及び新規顧客のアカウント開設に先立ち、各種態勢の抜本的な見直し、実効性の確保、⑦顧客との取引及び顧客に対する補償に関し、当局に対し適切な報告などについて、3月末までに改善計画書を提出することとなった。
この処分をみると、検査の結果、同社はハッキングされた仮想通貨の返却原資は確保しているもようだが、いまだに判然としない。ハッキングされたNEMがほかの仮想通貨に交換され続けている報道もあり、NEMとして返還できるか不透明だ。さらに営業再開時に解約が殺到することも考えられる。そうなると同社のキャッシュフローの枯渇もありうる。こうしたリスクをすべて考慮したうえでの検査結果と行政処分ならば、顧客の被害もある程度、抑えることも可能だろう。営業開始後に実態が明確になると考えられる。ここでは仮想通貨の定義、法的位置づけ、利用者保護はどうあるべきかを考える。
◎仮想通貨の定義
コインチェック者の営業が再開されない中、相次いで現金での返金やNEMでの返還、あるいは損害賠償訴訟が起こされています。もともと利用者保護の仕組みが整備されていないため、どう決着するのかまったく予断を許しません。現時点ではっきりしているのは、民法上の契約不履行に基づく仮想通貨の返還請求権だけです。
まず、仮想通貨の法律上の定義がどうなっているのか、確認しておきます。昨年の資金決済法の改正により、仮想通貨を扱う業者を資金決済業者として金融庁が監督するという体制をつくりました。これはマウントゴックス社の破たんを受けて、世界で初めて金融庁が取り組んだもので、業者としての登録と仮想通貨の定義を行うとともに法律上の用語として明記しました。
法律上の定義はこうなっています。
「この法律において「仮想通貨」とは、次に掲げるものをいう。
一 物品を購入し、若しくは借り受け、又は役務の提供を受ける場合に、これらの代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができ、かつ、不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができる財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されているものに限り、本邦通貨及び外国通貨並びに通貨建資産を除く。次号において同じ。)であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの
二 不特定の者を相手方として前号に掲げるものと相互に交換を行うことができる財産的価値であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの」
この条文のポイントは二つです。ひとつは明確に通貨ではないことを定義したこと。そして第二に「財産的価値」があると「電子的方法により記録されているもの」と認められるものと定義しています。金融庁はこの法律改正に先立ち、国会議員からの質問に答えるために内閣法制局に仮想通貨の定義について問い合わせたところ、通貨ではないとの回答を得ています。
ところが実はこの「財産的価値」という用語がよくわからないのです。客観的に財産的価値といえるかどうか、単に主観的に財産的価値を認めているものをさしているのか(仮にそうならなんの意味も持ちません)、判然としません。資金決済法では例えばプリペイドカードのような電子媒体に金銭または金銭と等価の価値が化体されていることを想定しています。具体的には一定の供託金を積むことを要求しており、その供託金がプリカの信用力の背景となっています。
しかし、仮想通貨には一切、こうした財産的価値の背景はありません。単なる暗号化された電子データに過ぎません。金融庁に問い合わせますと「なんらかの金融商品であることは間違いないのだから、財産的価値ということでいいのではないか」との回答でした。つまり、金融庁は何らかの財産的価値があると流通・決済されているのなら、取りあえず、金融商品と認めて、仮想通貨を扱う業者(自称の業者)を届け出制に網にかけて、最低限のレポーティングの義務を課したということなのです。何物なのかを徹底的に詰めた対応ではありません。
こうしたいわば見切り発車は、何よりも仮想通貨がマネロンの温床になることを防ぐという意図がありました。世界初の業者登録制度の整備(業者への売買の注文には本人確認を求めたことも世界初です)というと先進的と思われますが、どちらかというとFATFのマネロン整備要請に応えたというのが実情です。
「財産的価値」という用語は実はこの資金決済法で初めて使われたものではありません。外国為替及び外国貿易法に「支払手段」に定義が例示されています。そのなかに、「証票、電子機器その他の物に電磁的方法(電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によって認識することができない方法をいう)により入力されている財産的価値であって、不特定又は多数の者相互間での支払のために使用することができるもの(その使用の状況が通貨のそれと近似しているものとして政令で定めるものに限る。)」という手段が示されています。ここに財産的価値という用語が使用されています。たったひとつです。
外為法で想定された支払手段とはプリカです。さきほど述べたように、プリカには供託という財産的裏付けがあります。したがって、外為法上の財産的価値と資金決済法上のそれとの間には天と地ほどの差があります。同じ用語ですが、中身が決定的に違います。敢えて言えば後者はやはり、疑似財産的価値に過ぎません。資金決済法の改正の際に、日本の全法令をひっくり返して探したはずです。資金決済法に近似する外為法の支払い手段の定義をコピーしてきた形跡がありありと残っているのです。それだけ、仮想通貨を定義できず、取りあえず業法で後追いしなければならなかった当局の苦労がしのばれます。是非を言っているわけではありません。業法の作成が優先されたため、パッチした、あるいはせざるを得なかった事情を斟酌しているにすぎません。
マネロン対策が狙いとはいえ、定義という作業の結果、法律上、仮想通貨という用語が認知され、それが政府公認の通貨、あるいは金融商品との誤解を生んだ素地になってことは否めないでしょう。繰り返しますが、資金決済法は業法に過ぎません。したがって、正面から利用者保護を取り上げず、業者を監督(届け出制というゆるいモニタリング)することによって間接的に保護するという制度です。
現状を辛口的に言えば、仮想通貨はカジノのポーカーチップか、あるいはそれ以下の電子データに過ぎません。かつて「円天」詐欺事件がありましたが、極めて似ている現象かと思います。ただし、強固な決済手段として使える可能性を秘めていることはいうまでもありません。メガバンクの仮想通貨構想では1単位を1円とし、海外では石油資源を背景とする仮想通貨構想があります。こうした財産的裏付けのある仮想通貨が拡大していくのではないかと思われます。
◎仮想通貨の私法上の扱い
定義については、切迫した事情があったということを書きました。次は、私法上、仮想通貨は何者なのかという点について触れたいと思います。
仮想通貨には私法上の定義と根拠が一切存在しません。民法上の「物権」ならば、例えば業者(およびハッカー、またはその転売先)に差押請求ができますが、物権ではないため、差押は不可能です。また、「債権」ならば、たとえば債権譲渡されたと民法上構成できるので、仮に流出先が判明すれば、返還請求することが可能ですが、仮想通貨は債権(人に対する権利)でもないため、これもできません。私法の枠組みのなかには、保護の仕組みは一切ないのです。
コインチェック社に対して、仮想通貨NEMの返還を求めるという権利だけが存在するだけです。コインチェック社はいわばハッキングされた被害者です。同社に損害賠償請求できるかと問われれば、できないでしょう。損害の額がはっきりしません。一体、いくらの損害があったのか、裁判所も判断に困るでしょう。マウントゴックス社の横領事件は、会社の人間が顧客からの預かり金と仮想通貨を横領したという事件なので、損害賠償請求も可能だったわけですが、コインチェック社の場合は何とも言えない状況です。
◎金商法上の扱い
仮に仮想通貨(と称するもの)が金融商品として扱われるならば、金融商品取引法の対象となるはずです。金融庁も投資家(取引者)保護の観点から、金商法の対象となるか検討しました。金融庁の幹部は「金商法制定時に対象について考えられる最大限の包括的な定義をしていたので大体の取引は入りとおもっていた」と述懐しています。金商法は、金銭、あるいは金銭と等価の財を対象としています。したがって、仮想通貨だけでなく、例えば、AKB48との握手券などは対象としていません。
金商法の対象とする方法として、デリバティブ取引の対象として政令指定する方法があります。しかし、デリバティブの原資産については「予測可能性」という条件が付加されます。仮想通貨は、一瞬のうちに価格が1万分の1以下になってしまったこともあります。こうした対象は不適当との判断にならざるを得なかったのでしょう。
それでも強引に政令した場合、規制がとんでもなく強化されてしまいます。金商法の「第一種取引業者が扱う商品」となるからです。この第一種取引業者とは証券会社などを指しています。証券会社には数々の重い規制がかかっています。いまの仮想通貨取引業者をそうした規制のもとにおくことが正しいのか、あるいは現実的なのか、かなり無理がありそうです。
たとえば、インサイダー取引規制もかけることになりますが、できるのでしょうか。顧客の本人確認も厳密です。全部実名で取引しろということになれば、一気に取引は消えてしまいかねません。
また、「集団的投資スキーム」に当てはめるというケースも考えられます。ICOなどのケースをこれに当てはめ規制できるのではないかというものです。ICOというスキームで投資した見返りが仮想通貨なので、一見、集団的投資スキームに似ています。しかし、これも結局は仮想通貨のなんらかの財産的裏付けが必要になります。ポーカーチップを交付されてもどこにも流通しないというものではまったく意味がありません。実際、ICOを使った詐欺事件も随分起きています。このため金融庁はICOそのものをみとめておらず、ICOへの投資をやめるよう警告しています。
◎新しい金融制度のもとでの位置づけ
金融庁は昨年の11月から金融審議会に「金融制度スタディグループ」を設け、新しい金融制度の姿を模索し始めました。銀行の機能を分解して、その機能に着目した制度にかえられないかとのチャレンジングな取り組みです。銀行法という業法規制を完全に解体する可能性があります。もちろん、世界で初めての取り組みです。
このスタディグループにおいて仮想通貨も取り上げられています。それは決済手段として有用との判断があるからのほかなりません。ことしの6月末までに「中間とりまとめ」が公表される予定です。このなかでどのように仮想通貨が位置づけられか、注目されます。
仮想通貨の取引がカジノや投機感覚のままなら、利用者保護の社会的必要性はないでしょう。ギャンブルにとどまっている限り、これ以上の法的な枠組みの強化は不要です。自己破産などの社会的問題になるようなら、消費者庁が出てくるでしょう。そして経済的価値が認められるようになれば、次は法務省、金融庁の出番です。金融庁のある幹部は「ギャンブルを保護するために税金は使いたくない」と話していました。
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