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タラレバ=If発言が増えた黒田日銀総裁講演

4月末の日銀の正副総裁が決まったあとの最初の金融政策決定会合も新任の若田部昌澄副総裁からとくに非執行部的な不規則発言もなく、これまでの路線を踏襲するということが確認された。黒田総裁の2期目はスムースにスタートしたという印象を残した。ただし、黒田総裁が続投して初めての本格的な講演であった「きさらぎ会」(5月10日)での講演では、違和感が残った。

◎Ifが多い講演内容

 

 一般的に政策当局、行政当局の幹部は、仮定の話を基本的に話さない傾向があります。よく大臣がインタビューに応えて、「そうした仮定の質問にはお答えいたしません」と。日銀総裁も同じです。当然のことです。仮定の話を続けられては、一体何を目指しているのか、まったくわからなくなるからです。
 「きさらぎ会」(共同通信主催)での講演内容について、日経新聞は「実質金利や自然利子率の重要性を指摘する総裁講演だと理解すればいい」と書いていますが、これは2013年のQQE当初からの日銀の方針であって、とくに目新しいものではありません。日経の意図はわかりませんが、改めて読者に伝えたかったのでしょう(と理解しました)。
 むしろ、違和感を覚えたのは、総裁の発言に「れば」という言葉が多かったということです。いわゆるタラレバです。仮定の用語です。具体的な個所をいくつか拾ってみると次のようになっています。

 

「2019 年度から2020 年度にかけても、成長ペースは幾分鈍化しますが、景気の拡大基調は続くとみています。こうした見通しが実現すれば、2012 年12月に始まる今回の景気回復局面は、73 カ月続いた2000 年代の景気回復期を超えて、戦後の最長記録を大幅に更新することになります」
「企業の成長期待が高まれば、将来の生産活動に必要と考える資本ストックの水準が上方修正され、新たな投資需要が生み出されます」
「低金利環境が継続し、金融機関収益への下押しが長期化すれば、その経営体力に累積的に影響を及ぼし、結果として、金融仲介機能が停滞方向に向かう可能性がある点には注意を払っていく必要があると考えています」
「政府の成長戦略の推進や企業による生産性向上に向けた取り組みが続くもとで、経済の潜在成長率が高まり、自然利子率が上昇すれば、やはり金融緩和の効果は増すことになります」

 

 成長期待が高まれば、新たな投資需要が生み出されるのは当然のことです。また、経済の潜在成長率が高まり、自然利子率が上昇すれば金融緩和の効果が増すのも当然です。問題は、どうやって成長期待を高めるのか、どうやって潜在成長率を高め、自然利子率を上げるのかというその政策・方法論だったはずです。
 日銀はQQE以来、期待に働きかける政策を実施してきました。その政策目標がこれら成長期待であり、自然利子率の上昇にあったはずです。なぜ、蒸し返したのか。講演内容からは、これらの目標達成の責任はもはや日銀にはなく、政府にあるという主張が滲み出ています。日銀の政策と政府の政策を切り分けることはできませんが、黒田総裁には、もはやここまでという達観があるように思えてなりません。
 主体的な意思表示ではなく、環境が変化す「れば」、事態は変化するという評論家的な言い様になっているように感じます。ればなあ!という詠嘆のようにも聞こえます。
 「きさらぎ会」の講演は毎年、同じテーマで行われています。昨年の総裁講演と比較したところ、実際に「れば」の頻度が多いのです。ついでに、英訳を見るとタラレバの意味で使われているIf(もしも・・であれば)の数は、9か所ありました。昨年の講演では3か所でした。
 政策の停滞(物価上昇が思うようにいかなかった)が、Ifを多用させているとすれば、日銀の政策の迷走を意味します。そうでない明確な説明が欲しいところです。例えば、買取り理由がなくなったETFの購入は止めますとか・・・。