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日銀不祥事、記念金貨窃取事件の背景

前代未聞の日銀職員による日銀本店での記念金貨窃取という事件に対し、日銀は5月15日、当該職員を含む監督責任者に対する処分と事件の概要を公表した。日銀職員の現金の窃取という事件は戦後初ではないか(すくなくとも公表ベースでは確認することができない)。この事件の背景について考えてみたい。

 

◎日銀初の窃盗事件の可能性も

 

 怪盗ルパン3世でもあるまいし、中央銀行から金貨を盗むなんて漫画の世界と思っていましたが、現実でした。日銀の職員(発券局日本橋発券課企画役補佐)が昨年の11月から4月まで16回にわたり、天皇陛下御在位60年記念金貨などを38枚、375万円盗んだという事件です。民間金融機関では散見される不祥事ですが、日銀というもっとも厳格な現金管理が行き届いているところでの窃盗、驚きを隠せません。

 2004年に地方支店でコレクターの間で希少価値があるゾロ目の紙幣を抜き出し、別の紙幣と無断で交換したという不祥事が相次ぎ発覚しました。たしかにその筋では額面よりも高額で交換できますから、一種の経済的利得が期待できます。この不祥事には、特殊な数字の紙幣を政治家などの有力者に贈る(勿論、買ってもらうわけですが)という慣行というか、儀礼といった背景がありました。日銀券、お札の信用力の維持、向上という作用を期待したものだと思われます。「あの政治家には贈っているのなら自分たちも」と当事者が甘く考えた可能性があります。そこに若干ですが、情状酌量がありえます。ところが今回は完全に純粋に窃盗という犯罪です。

 回数が多いことからも計画的な犯行であることがわかります。ほんの出来心ではすまない犯行です。日銀は被害届を警察に出していますので、今後の捜査次第では刑事事件として起訴される可能性があります。その後、不起訴処分となるのか、それとも相当の刑事罰となるのか、詳細な事実関係が不明ですので先のことはわかりません。ただ、年間数十万件に及ぶ窃盗事件が発生していますが、300万円の窃盗で懲役の実刑という例がありました。勿論、不起訴もあります。

 日銀の処分は、本人は懲戒免職、当然でしょう。ほかに管理監督についての責任があるとし、職場の最高責任者である発券局長を含め4人を譴責、戒告の処分とし、うち3人から「給与自主返上10%、3か月」を受理しました。また、発券局担当理事を厳重注意とし、同様に「俸給返上10%、3か月」を受理しました。

 一般の企業であれば、常務クラスまで処分したということでしょう。これで十分なのかどうか、おそらく弁護士が前例を調べ上げて決めたのでしょうが、事の重大性からして総裁にも多少なりとも及んでしかるべきかと思います(勿論、小生は事実関係を承知しておりませんので重大性の判断はできません)。大蔵省の接待・収賄罪で逮捕されたケースでは、大臣も事務次官も辞任しています。民間金融機関でも横領事件があるとペナルティとしての役員の人事異動・左遷がままあります。これとの比較であくまで感じたレベル感です。

 ついでに、仮に森友学園問題で世の中が騒然としていなかったら、もっと違った事態になったかもしれません。へたをすると金融政策の是非に飛び火するかもしれません。「金貨をやるなら預金金利を寄こせ」といった質のわるい難癖ですが(冗談です)。

 

◎事故防止策は待遇改善から

 

 日銀の処分についての報告を読むと、防止対策が盛り込まれています。現金の取り扱い手続きについて再徹底するほか、ビデオ監視への過信への反省も盛り込まれています。ビデオ記録は事後的には効果がありますが、事前の予防策としては、弱点もありますので、当然の対策でしょう。今後、この分野の専門家の見方も取り入れるのではないかと思われます。

 管理強化は当然のこととして、結局、人の作業ととらえれば、仕事へのやりがい、誇り、待遇改善などが事故防止につながるはずです。

 事故現場となった日銀の発券局は実は日銀内では最大の組織で、しかも経費は年間800億円を超え、全体の4割以上にもなります。日銀の唯一の現場セクションということもあり、人事異動も特殊で、一部の幹部を除けば発券局内異動がほとんどです。日銀の別会社といっていいでしょう。リスク管理の観点からの特殊な人事かもしれません。一種の村を作り相互監視を効かせているのかも知れません(これは想像ですが)。現金の取り扱いとはそれだけ、慎重かつ万全の水も漏らさぬ態勢で臨んでいるわけです。事件の背景はわかりませんが、閉ざされた社会のなかでの人事への不満もあったかもしれません(スミマセン、これも想像です)。

 それ以上に大きいのは待遇面ではないでしょうか。20年前に日銀は給与体系を大幅に替えて、「社会一般の情勢に適合したものとなるよう」人件費を削減してきました。民間並みにするということは、発生するリスクも民間並みになるということです。この判断はおそらく間違いです。インセンティブを落とせばモラルも落ちます。日銀のキャリアの人たちはポストというインセンティブが働いていますが、現場は違うはずです。事故防止策として待遇改善、給与の引き上げを検討すべきです。

 現金管理をすべて民間の警備会社に任せて、保険もかけるという抜本的な方法もあるでしょうが、当然、事故は多発するでしょう。しかし、お札の信頼は失われます。あれだけ、偽造率が低く、精巧な紙幣を流通させているのですから、お札への信頼維持には相当のコストをかけていることになります。ならば、人にもコストをかけるべきと愚考します。

(なお、日銀職員初の窃盗事件と書きましたが、事実誤認の可能性があります。ご指摘いただければ幸甚です)

 

(5月24日追加)

 

 金貨窃取職員の個人事情をたまたま仄聞することができました。個人情報ですので書けませんが、やはり管理が不十分だったと思わらずにいられません。少し前のことですが、ある信用金庫の人事担当役員の方から聞いたことです。その信用金庫では、職員のクレジットカードの保有状況を申告させ(つまり、どれだけ使っているかということも含め聞き取りしていたということです)、定期的に家庭訪問を行っているとのことでした。いま、実施しているかどうかわかりませんが、当時、家庭の事情を把握することが、不祥事発生の予防策として行われていたのです。現金を扱う金融機関の職員とはそうした身分、つまりプライバシーを多少、制約される身分なのだと痛感しました(今回の事情がクレジットカードの使い過ぎだと言っているわけではありません。誤解を与えるとまずいので)。その見返りといっては筋違いなのかもしれませんが、待遇改善は当然のことだと再度、強調したいと思います。企業再建に生き甲斐を見つけるのも大切ですが、日々の現金のやり取りも重要な仕事です。決済の高度化、スマホ化、パソコン決済化などキャッシュレスが進んでいますが、いまなお103兆円もの現金が流通しているのも事実です。