金融庁は7月17日、発足以来の初の大幅な組織改革を実施すると同時に新体制の幹部人事の異動を行う。森信親長官が勇退し、その後任に遠藤俊英監督局長(57年)を充てた。森長官が後継者と考えていた氷見野氷見野良三国際金融審議官(58年)は留任。組織改革の構想は昨年、予算編成時に公表済みだが、実際にリニューアルした組織に幹部職員を当てはめたとき、今回の組織改正の意図がはっきりと見えてきた。衣替えした「総合政策局」、「企画市場局」、「監督局」、「総括審議官」のミッション・職掌と業務の軽重は、昨年の構想公表時に想定されたもの以上のインパクトがあった。
ただ、森長官が検査局長時代から目指してきた監督と検査の一体化によって検査局を廃止したものの、モニタリング(監督と検査)のレポーティングラインが複線化したことによって一体化が不完全なものとなり、却って行政の対象である民間金融機関側が混乱する可能性もある。そもそも併任(監督局・総合政策局職員と併任する検査官)のない検査官自体を存続したため、監督と検査の一体化がこの点でも綻びが生じかねない。新組織のミッションと今回の人事異動についてコメントしたい。
◎なぜ、新長官が遠藤氏となったのか
新組織のミッションを確認する前に、まず新長官人事の経緯について、触れてみたいと思います(間接的な情報を含みますので正確ではありません)。遠藤新長官は監督局長を3年務めています。これまでの金融庁の長官人事のルートとして、監督局長からの昇格が不文律として定着しており、その点では条件は整っています。しかし、森長官は次期後継者として、氷見野国際金融審議官を指名していたのは、その重用ぶりからも明白でした。それが遠藤長官と逆転したのは、昨年内閣人事局長に就任した杉田和博官房副長官(事務・警察庁41年)の意向が反映されたためだと聞いています。5月の連休の前後のことです。
これまで内閣人事局長は国会議員・政務の官房副長官が就任していましたが、杉田氏は事務の副長官として初の人事局長です。最初の人事局長の加藤官房副長官は財務省出身ですが、当時は国会議員でした。杉田氏はいわば警察庁から内閣官房に入りそのまま副長官になった官僚上がりの方ですので、「官僚の立場をよく理解している」(関係者)という声をよく耳にします。今回の金融庁長官人事では、当初、氷見野案で菅官房長官が了承したものの、菅官房長官が人事局長である杉田氏に打診したところ、杉田氏から異論が出たようです。杉田氏のモットーは慣例、年次の序列、キャリア、オーソドックスであること。杉田氏からすれば、この条件を満たすのは間違いなく遠藤氏です。氷見野氏は監督局長を経験していません。また、氷見野氏が長官となれば、同期の佐々木、三井氏らの局長クラスと混在します。同期の次官という例はたくさんありますが、組織のガバナンスを考えたときに安定感を欠くことは否めません。
また、佐川事件が色濃く反映されていると考えられます。これまで内閣人事局は官邸の力の誇示という効果を考えて、官僚側の意向や常識を覆すような人事を行ってきました。農水省の奥原次官然り、法務省の黒川次官然り。官邸の意向に沿う考え方の持ち主を重用してきました。しかし、その重用ぶりが佐川氏の忖度を生みました(佐川さん、断定して申し訳ありません)。今回の霞が関の定例異動では、その反動で官邸の顔色を窺う風潮を抑制するはずです。奇をてらったというか、意外性のある人事は少なくなるとみています。
森金融庁長官も3年間続投したのも、官邸の意向があったからにほかなりません(ご本人は3年目を辞退したとのことでした)。それは森長官が官邸に数々の政治的にも意義のある政策を提示してきたからでしょう。コーポレース・ガバナンス・コードの制定、GPIFのポートフォリオ、日本郵政の人事、NISA等々、実に多くの政策を提示し、それが日本の成長戦略に寄与してきたことは間違いありません。使える人材を使うという方針は、官邸によく見える人材を使うということになります。しかし、実際には官僚組織は組織として動いているので、長官、あるいは局長一人の考え方で政策が立案されるわけではありません。例えばコポガバは3年前、成長戦略の目玉として1丁目1番地に据えられましたが、これは森長官の発案ではありません。実際には部下たちの発案です。組織というものはこうして運営されています。目立つだけ人材だけを使うと、組織がもたなくなるのは当然です。
杉田人事局長の意向聞いた菅官房長官は、異例だと思いますが、金融界の一部に遠藤と氷見野氏の評判を打診したようです(勿論、間接的にです!)。そこでも遠藤に軍配が上がったとのことです。おそらく、これは推測ですが、氷見野氏は森長官のコピーと思われていた節があります。実際にはまったく違うのですが、森金融行政が3年間続き、そしてまた同じような行政が続くのかという誤解を交えた感触があったのではないでしょうか。
ある金融庁の幹部氏にどちらが森長官に考え方が近いかと聞いたところ、「遠藤局長のほうが森長官に近い」とのことでした。金融の目詰まりの解消を重視する遠藤氏と金融システムの健全性を重視する氷見野氏という違いがあるようです。これを聞いて思い当たることがいくつかあります。遠藤氏のほうが実践的(実戦的?)なイメージありますが(顔つきも野性的ですし、発言も断定的です)、これは勿論、監督局長のキャリアが長かったことが反映されています。しかし、氷見野氏も監督局のキャリアは十分です。そもそも実践的かどうかは、あまり意味がありません。裁量的というニュアンスを期待するのなら、それは間違いです。「お願いですから助けてください」「今回はご容赦を」と懇願しても両氏の判断に違いが出るはずはありません。
なお、遠藤長官の後継(1年後か2年後)は間違いなく氷見野氏だと考えられます。森長官は人事案を引き継いだはずです。この過去数年間の氷見野氏の重用ぶりがどうしても目立ちますが、加えて、氷見野氏の骨太な論客ぶりも目立ちます。一例を挙げましょう。先般、新しい検査・監督の基本的な考え方と進め方を整理した「金融検査・監督の考え方と進め方(検査・監督基本方針)」が公表されました。これに沿って、金融界にとって最大の関心である資産分類と償却・引当についての検討が始まります。ここで準備された論点整理ペーパーが、新たに設けられた「融資に関する検査・監督実務についての研究会」で提示されました。この論点ペーパーの一部下敷きになったのが、氷見野氏が2015年に財総研の会誌に寄稿した「本邦のバブル対応―対米比較と教訓」です。金融行政の根幹にかかる論点を提示している本格的な行政論です。キャリアといい、次の最有力長官候補です。
◎新監督局は巨大化するも総合政策局が上位に?
昨年、組織改革案が示されたとき想定していたことと最もかい離したのが、監督局の地位、位置づけです。予算要求からして大監督局をイメージしていましたが、実際に決断されたのは、それよりも小ぶりな印象です。今回、監督局長に就任した栗田照久監督局参事官(審議官クラス)の入省年次は昭和62年です。58年組のほかの局長よりも4年も若い局長です。年次が低いということはそのまま監督局の金融庁内の地位も相対的に低いということを表しています。これは意外でした。ただ、ある関係者によると、昨年の構想公表時には「栗田監督局長」を想定していた模様です。監督局の定員は増えましたが、この人事で監督局の重みを下げたことを印象付けしようとしたのではないかと思われます。年次だけから見れば、昔の大蔵省銀行局検査部、あるいは大臣官房検査部です。
新監督局は、これまでの監督局と検査局の「併任のかかっていない検査官」を擁するセクションになりました。オールドファッションの検査官です。重要な検査は総合政策局が判断して実施しますので、その残りのオンオフ一体ではない検査官グループが追加統合したことになります。後述のように検査の主導権が総合政策局にあることから、ケースバイケースで監督方針の決定も総合政策局に主導権が移行する可能性があります。例えば、経営問題が深刻な金融機関を個別にモニタリングするときは監督局が担当するものの、それ以外は総合企画局がモニタリングするといった具合です。
総合政策局に配属される検査官(主任統括検査官等以下)の総数は372人(うち併任予定が152人)です。これに対して監督局に配属される検査官は109人(併任はなし)です。圧倒的に総合政策局に検査官は偏在します。
しかも、検査の内容ですが、「総合政策局の検査以外」を担当することとなっています。ということは、まず総合政策局の判断による分析・調査によってモニタリング方針が決定され、横串検査や特別検査など、「重要な検査」は総合政策局内の検査官が担当します。総合政策局には検査監理官が設けられ、総合政策局の意向・判断を監督局に伝える役割を担います。情報の流れは総合政策局からという意味をもっているのではないでしょうか。
監督局は行政の窓口ではありますが、最終的には総合政策局長、またはその配下の総括審議官の判断に大きく影響されると思われます。実際に運用されてみないとわかりませんが、監督局のみの判断で行政処分することもなく、また、検査を実施することは少ないと思われます。たとえば、いま継続中の地銀のビジネスモデル検査を総合政策局が主導していくのか、主導するとして監督局あるいは財務局はどう動くのか、まだ判然としません。
栗田新監督局長が、今後どのようなコースをたどるか、わかりませんが、次の局長ポストに異動していくのは間違いと思います(このまま4年以上、監督局長のままで長官ということは考えにくいところです)。栗田氏の経歴をみると、財務省関税局、理財局の在籍もありますが、大半が金融行政担当となっています。前職の監督局審議官(メガバンク・保険担当)までのキャリアの流れをみると、金融庁でもっとも権限の強い総務企画局企業開示課長となり、そして監督局銀行一課長と人事ラインに乗り、総務企画局総務課長となっています。62年組同期には財務省に戻らず金融庁での活躍が期待される人物が数人おり、デッドヒートとなることは確実です。栗田氏の人物評ですが、「まじめ」「粘り強い」といった声がよく聞こえます。
◎総合政策局が最大の権限を有する
新設の総合政策局は、配下に主に高度な分野の検査を担当する総括審議官を抱える庁内で最強のセクションとなりました。これまで森長官が裁量で運営してきた体制をほぼ踏まえて実現した組織です。総合政策局に新設されたリスク分析総括課の陣容は、「情報・分析室及びリスク管理検査室並びにマクロプルーデンス調整官一人、検査企画官一人、資料情報調査官二人、システムリスク審査官一人、研修指導官一人及び研修相談官一人を置く。」となっています。
この組織を中島淳一総括審議官と屋敷参事官が担当し、リスク分析総括課長には石村幸三氏が就任しました。総合政策局長は佐々木清隆・前総括審議官(58年)です。旧総括審議官のミッションは対外折衝にありますが、ご存知のように仮想通貨業者の立ち入り検査を陣頭指揮するなどモニタリングに非常な熱意を持っている方です。ここでは詳細を省きますが、前職の総括審議官以前のキャリアはほぼ検査一筋です。
そして新・総括審議官となった中島淳一氏の前職は総務企画局審議官。財務省から金融庁に来てからは主に総務企画を歩いてきました。中島氏が「重要で専門分野の検査」を主導しますが、「モニタリング大好きの佐々木氏が関与してくることは必至で、そのため官房の仕事の一部を中島氏が分担するのではないか」(金融庁)との見方もあります。ご両者の分担はまだ定まっていないと思われます。官房マネジメントを中島氏が担当し、佐々木氏がモニタリングの指揮官という構図も考えられます。先般公表された金融庁組織令・規則でも、その仕切りはまったく指示されていません。かなり柔軟な設計です。
このラインの下に来るのが屋敷利紀参事官(平1)。いままでの立場と変わりません。これまで検査方針は、屋敷氏が発案し、地域担当の西田監督局審議官と協議したうえで、監督局長に上げるというパターンがありましたが、最近では屋敷氏の問題提起で始まるということが定着していました。西田氏の代わりとなる地域金融機関担当の監督局審議官は油布志行(平1)です。屋敷氏との関係もまだわかりませんが、屋敷参事官が地域金融機関全体を統括して、油布審議官が個別のモニタリングを担当するかもしれません。なお、日銀出身の屋敷氏は春に金融庁に正式に転籍し、将来、金融庁の重要ポストに就いていくことになるでしょう。
石村氏は財務上級・平成2年の入省です。前職は関東財務局の東京財務事務所長。銀行一課統括モニタリング管理官、監督局総務課信用機構対応室長、監督局総務課健全性基準室長などを歴任しています。この年次のトップです。抜擢人事かと思います。
◎企画市場局は旧総合企画局をほぼ移管
総務企画局から「総務」分野を除いた、新設の企画市場局長には三井秀範検査局長(58年)が就任しました。三井氏は証取法を改正し、あの膨大な金融商品取引法を作り上げた方です。法制度に詳しく、これまでも検査局長でありながら、企画の仕事も担当していました。これまで総務企画局長として4年間もの間、多くの金融制度改正、改革に取り組んできた池田氏の後継者です。その宿題は山積しています。ルーティンに加え、公取の戦いである長崎県の地銀再編問題を担当するとみられています。
(長くなりましたので、コメントを次第に少なくしております)
◎何が変わったか
さて、名称は変わりました。では質的に何が変わったのでしょうか。スローガンの一つであるオンオフ一体化の構想は、簡略化すると検査だけの職員なくす、あるいは少なくしていくというものでした。あるいは専門分野をもつ、ないしは持つような人材育成システムにしていくというものであったはずです。この点からみれば、人事異動の前と大きく変わったようにはみえません(小生の取材能力の低さもありますので、見落としているかと思いますが)。
確かに検査局は廃止されました。しかし、検査グループは存在し、それも2つのセクションに分けられています。このことは昨年の構想が固まった時点で明らかになっていたものでしたが、あらためてなぜ、2つの局(総合政策局と監督局)にまたがって、組織つくりをしたのか、その理由がまだ判然としません。10年後、あるいは20年後を見据えた組織改革のはずです。どこかに仕掛けがあるのかもしれません。
金融機関の破たんがここ10数年ありません。そうした環境のなかでの組織改革であるため、組織作りの発想がなかに隠されて見えてこない面もあると思います。マクロプルーデンスの強化という発想ははっきりと示されました。また、大きなリスクの顕現を防止するという仕組みも示されました。しかし、新しいモニタリング体制によって、すべての破綻リスクが回避されるわけではないと考えています。商工中金事件は内部通報から明るみに出て、最後はラインシートをチェックして確認しました。「かぼちゃの馬車」事件は社会問題になっていますが、もしかするとオンサイトで検査に入っていたら見つかったかもしれません(勿論、偽造の部分はわかりませんが)。一支店の貸出の急増から少しでも異常を感じたら、関係資料を提出させた可能性はあります。自己査定と当局のモニタリングの関係は時代とともに変化してゆくものだと考えます。それは金融庁の組織運営にも影響を与えていくでしょう。
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