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2018年10月日銀決定会合の違和感

日本銀は10月31日の金融政策決定会合において、金融政策を現状維持すると決定した。事前に想定されていた内容だが、黒田総裁記者会見と同時に公表された展望レポートについての違和感と注目点をメモしておきたい。長期金利の変動バンドの真実の幅は何か、中国経済の見通しは、甘いのか厳しいのか。

◎異例の先日付、矛盾したバンド

 

 金融政策決定会合は、その時点での金融政策を確認していくプロセスであり、将来の特定の期日までの政策について「約束」を決めることはないはずです。ところが、前回、2018年9月19日の決定会合で、次のような公表文がありました。「政策金利については、2019年10 月に予定されている消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している」

 

 つまり、来年の10月の消費税増税まで政策金利を変えることはないと断言しているといっていいほどの踏み込みだったのです。そして、今回の10月31日の決定においても同文の記述が繰り返されました。異例のコメントです。当然、そうなるだろうとは思うものの、ここまで政策の約束をすることに違和感が残ります。今後1年間、政策金利は動きませんと宣言しているわけです。政策決定会合では一体何を議論するのでしょうか。

 

 実際、CPIが上昇していない以上、長短の政策金利が動くとは誰も思ってはいません。しかし、決定文に書き込むほど、消費税増税に恐怖を感じているのか、あるいは政府の方針に阿る必要があるのかと感じます。政策協調といえば、協調なのでしょう。今後、1年間、基本的な政策変更はないと言っているため、その他の政策(質的緩和など)に限定したコメントをだすことになります。日銀審議委員の休業宣言です。

 

 せめて「想定している」という主体的な表現はできれば避けてほしかったと思います(日銀はもうそんなにデリケートな体質ではなくなったのだから当然だという方々も多いかと思いますが、小生はそうは思っておりません)。あるいは、この部分は絶対に増税すべきだという主張と解釈すべきかもしれません。それならば、それなりの書き方はあったはずです。

 

 第2の違和感は、海外リスクの受け止め方が弱いのではないかということです。黒田総裁は会議後の記者会見で、中国経済について「投資関連の指標などにやや弱めの動きがみられているほか、先行きも米国による関税率引き上げがあれば相応に影響があると思われますが、今のところ、当局が財政・金融政策を機動的に運営するもとで、概ね安定した成長経路を辿るとみています」と楽観的に見ています。

 

 ただし、「わが国の経済への影響についてみますと、・・・貿易摩擦が長期化するようなことがあれば、マインドや金融市場の不安定化という経路を通じた影響が拡がる可能性もあります。日本銀行としては、保護主義的な動きの帰趨とその影響を、わが国経済の先行きに関するリスク要因の1 つとして認識しており、今後とも注意深くみていきたいと思っています」とイクスキューズしています。世界経済がおかしくなると煽動するようなことには慎重であるべきなので、現状、こうした判断が冷静な見方ということなのでしょう。

 

 それにしても、中国経済が安定した経路を辿ると見通していることに違和感があります。「甘くないですか」とある日銀の幹部氏に問いかけたところ、日銀の認識は極めて厳しいと反論されました。今回の記者会見と同時に公表された展望レポートにおいても、危機感は十分に表したとのことでした。

 

 展望レポートにいわゆる「BOX」(特記事項の説明)に「保護主義的な動きなど海外経済を巡る不確実性の影響」が掲載されています。そのなかに地方支店による地域の景況調査をまとめた「さくらレポート」の一部が掲載されています。日銀は地方支店経由で貿易摩擦の全国調査ヒアリングを実施して、企業の声を取りまとめました。結果は、「直接の影響は出ていないものの、先行きを懸念する声が多くなっている」というものです。こうしたヒアリングを展望レポートに掲載したのは、おそらく初めてのことかと思います。


 中国経済は、「いまはクシャミ程度かもしれませんが、いつ発熱し、入院するかは、依然として不透明」とのことです。黒田総裁の発言も「当局が財政・金融政策を機動的に運営するもとで」という前提条件が付いています。中国の国家資本主義が機動的に、そして前面に出てくることを条件としています。

 

 この点も、よくよく考えればおかしな表現です。中国政府内部の動きを察知し、アドバイスでもしていなければ、こんな表現はできないからです。中国政府の動きを見越した発言の裏には、それなりの情報があったと思われます。いま、しばらくは日銀と黒田総裁の諜報、情報収集力を頼りにしたいと思います。

 

 第3は、長期金利の変動幅について、総裁が「イールドカーブ・コントロールで10 年物国債金利がゼロ%程度というときに、今年の前半までは±0.1%程度の狭い範囲で動いていましたが、それはやや極端で、その倍くらいの幅で動いても全然おかしくありません」と語ったことです。±0.1%の変動幅は日銀が一昨年、イールドカーブ・コントロールを導入したときに決めたことです。「その倍でもおかしくない」というのは、それまでの説明と矛盾します。


 今年の7月に変動幅を±0.2%まで許容しましたが、それ以前の段階でも±0.2%でもよかったのだと話されているわけですから。それならば、当初から±0.2%%とすればよかったことになります。さらに7月に±0.2%のバンドを黒田総裁が示しましたが、その倍程度の幅も許容範囲としている可能性もあります。さらに、いえば、イールドカーブ・コントロールにおいてもはや金利水準のめどはあるのかという疑心も生まれます。長期金利が政策目標金利なのか、曖昧になりつつあります。


 そもそも長期金利の許容変動バンドを決定会合で決めず、記者会見で既成事実化するという手法は政策の透明性を欠くことになります。決定会合では、公表の手法についても議論したそうですが、長期金利を政策誘導金利としている以上、公表文に盛り込むべきと考えます。

 

 第4は、総裁の地銀経営についてのコメントです。これは違和感というよりも踏み込みの大きさに少し驚きました。黒田総裁は「地域の人口減少とか高齢化、更にもっと大きいのは企業数が減っているということがありますので、地域金融機関がそうしたことに合わせた体制を作ることも重要になってくると思います」と言い切りました。


 日銀はこれまでも様々な機会やレポートで再編推進を主張してきましたが、総裁自身も再編論者であることがあらためて確認されたということです。再編というのは正確ではなく、地域経済の縮小に合わせるべきということですので、店舗撤退とか、業容縮小を示唆しています。日銀考査などでも、金融庁と同様にビジネスモデルのチェックに余念がないのだなと推測しました。