金融庁は8月28日、今年度の行政方針を公表した(正式には「金融行政のこれまでの実践と今後の方針―利用者を中心とした新時代の金融サービス」。金融庁はこれまで金融行政方針と金融レポートを毎年、公表していたが、昨年から両者を合体させ、一般的には「実践と方針」という呼称となっている。ここでは行政方針と表記)。いわば金融行政の施政方針なので極めて重要なレポートと位置付けられている。今年の新しい目玉は、事前に新聞にリークされてしまったが、可変預金保険料率導入の検討がある。ほかにも多くのテーマが列挙されているが、これまでの行政の継続性との観点からこのレポートについて2点だけ指摘したい。
◎金融検査マニュアルの記述が見当たらない
金融庁は昨年、新しい金融行政の象徴ともいうべき金融検査マニュアルの廃止を公表しましたが、今年の行政方針では、ほとんど触れていません。融資実務検討会の検討はストップ状態。金融機関にとっては、マニュアルで決められた様々な償却・引当基準がどうなるのか、非常に気にしていますが、ほぼ音沙汰なしです。
昨年の行政方針では、こうなっていました。「特に、金融機関の貸出の分類・償却・引当については、より的確に借り手の実情等の情報を把握し、それに基づく引当を可能にする枠組みを含め、金融機関の融資に関する検査・監督実務について、「融資に関する検査・監督実務についての研究会」において議論・整理していく。」
しかし、今年は、「新しい検査・監督を実現するため、「金融検査・監督の考え方と進め方(検査・監督基本方針)」(昨年6月公表)を踏まえて、検査・監督の質・深度を更に高めるべく不断に改善を図っていく必要がある。
(注記)融資に関する検査・監督についての考え方と進め方(研究会での議論等を踏まえ 、検討中)」となっています。どこにも償却・引当の記述がみあたりません。
年初のことですが、「今年中(2019年)に決着させる方針」とある局長が語っていましたので、何らかの方針が示されるものと期待していましたが、どうやら大幅なペンディングなのかもしれません。融資実務検討会の開催も昨年の年末にかけて4回開催されていますが、その後、まったく開催されていません。さすがに行政方針には盛り込まれると思われましたが、肩透かしでした。
ペンディング自体は問題ではないのですが、どの部分を廃止するのか、マニュアルの代替はどうなるのか、公表時期はいつか?多少のリップサービスが欲しかったところです。償却・引当は公認会計士協会の検討や了解も必要です。銀行の実務関係者の関心が強いだけでなく、国税当局も大いに関心のあることなので、線引きができず、デッドロックに陥っているのかもしれません。なんらかの広報に期待したいところです。
さらに銀行の収益環境がいいときには、償却・引当の議論は進めやすいのではないかと思いますが、現下の状況では、すこしやりにくいということもあるかと推察します。
◎探究型対話の実現可能性
次に印象に残るのは、「持続可能なビジネスモデルの構築に向けた探究型対話」の強化です。遠藤長官は金融機関経営者(とりわけ地銀)との対話の強化を打ち出し、この一年間、工夫を重ねてきました。今年はさらに「心理的安全性を確保することに努める」としています。
当局との対話はどうしても強い緊張感が伴います。監督当局との対話とはそうしたものです。区役所でも税務署でも病院でも学校でもそうでしょう。公的な機関とのコミュニケーションとはそうしたものです。しかし、その対話の心理状態をフラットにしたいという意向です。言い方を変えれば、ざっくばらんにということでしょうか。
この方針は遠藤長官の強い意向と聞いています。しかし、本当に被監督者の心理的安全を構築することが、フィージブルなのか、注目したいと思います。ある地銀の頭取は「やることはわかっている」と語っています。対話の心理的安全を考えるまでもなく、経営者は自らの経営を理解しているのではないでしょうか。店舗の統合、人件費の削減、人員削減など身の丈にあった経営にどんどん切り替えています。トップラインの引き上げのための不動産賃貸業への進出なども目立ちます。
つまり、この心理的安全を構築しないといけないような経営者がまだいるという認識なのだと思います。ただ、その数は限られているような気がします。
対話とはモニタリングの一種です。そこでテーマとなるのは、当該金融機関の経営の持続可能性です。あるいは目指すべきビジネスモデルです。今回、「地域金融機関の経営・ガバナンスの改善に資する主要論点(コア・イシュー)」を金融庁自身が策定するとしています。つまり、これまでの対話は、あくまで対話です。対話のテーマは一般論も含まれていたと思われます。しかし、今回からは、あなたの銀行の経営問題はここにあり、こうしたらどうですか、と踏み込むことになります。
昨年までは、このプロセスを「仮説の提示と検証」と言っていました。地銀の直接の担当は財務局になります。財務局の幹部が自ら金融機関の持続可能なビジネスモデルの仮説を打ち立て、それを経営にぶつけるという作業が繰り返されました。しかし、今年からは、仮説ではなく、主要論点を突き付けた、より具体的なモデルの提示になるようです。その対話を促す道具としての預金保険料率の可変であり、特例再編法なのでしょう。(可変料率の導入については、別の機会に書きたいと思います)
さて、ここまで書いてきて感じるのは、金融庁がやろうとしていることは、経営コンサルではないかということです。行政指導でもなく、業務改善命令でもありません。自由にビジネスモデルについて、その可能性を議論するという姿が見えてきます。ただ、皮肉になりますが―税務署に節税相談に行くという話は聞いたことがありません。
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