前回、8月30 日付のこのコラムで、金融庁の今年度行政方針(正式には「金融行政のこれまでの実践と今後の方針」。一般的には「実践と方針」という呼称)で、金融検査マニュアルの廃止についての記述がないことと、「探究型対話」のフィージビリティについてコメントしたが、珍しい内部の人事管理についての記述と地域金融機関の金融仲介に関するプログレスレポートが同時に公表されているので、これを追記したい。
◎人事マネジメントへの言及
行政方針(以前は監督・検査基本方針)はその性格上、あくまで当局が監督対象である機関・会社に対して、方針を示すものですから、金融庁の内部・人事マネジメントへの言及は存在しませんでした。
ところが、森長官は就任早々、2015年度版に初めて人事評価制度を盛り込み、「省益ではなく「国益への貢献」を追求し、困難な課題にも主体的に取り組んでいくことを目指し、そうした職員を任用・昇格により評価する等の業績評価のあり方の検討をはじめとした取組みを推進していく」としました。なぜ、内部管理の事情をわざわざ対外的に公表するのか、当時、多少訝しがった記憶があります。
その後、2016年度版では「人事評価の運用や職員の専門性向上等に係る人材育成、ワークライフバランスを実現するための職場環境の改善等に関して課題があることが明らかになったため、人事評価において、「国益」のためにチャレンジし改革する職員が適切に評価されるよう、職員の評価基準を変更する。・・・テレワークの実施拡大、フレックスタイム制の活用等、職場環境の改革を進め、斬新な発想が湧き出るためのワークライフバランスの実現を図る」と人材育成、労働環境の整備まで拡大しました。
2017年度版は「組織文化(カルチャー)の変革」という新たな章を設け、「年功序列に囚われない能力主義の任用を進めるとともに、各職階に求められる能力を定め、 職員が目指すべき姿を明確化する。・・・外部専門人材の積極的な登用を図る」と年功序列の否定と外部人材活用を積極化させる方針を示しました。
昨年の遠藤長官が監修した2018年度版では「上司が部下にきめ細かく目配りしながら育成・指導・評価を行い、活発なコミュニケーションが図られる環境を整備する(業務単位の少人数グループ化)。職員一人ひとりが政策形成に参加する機会を拡充する。」と人材育成へのきめ細かな配慮を示しています。
そして2019年度版ですが、「満足度調査では、人事配置や人材育成に課題があることが明らかとなったことから、一部ポストの公募制」を導入し、組織の活性化に向けた取組事例として「1on1ミーティング」を実施したことを明らかにしています。昨年度よりも人事政策について割いた分量もかなり増えています。
当初の「国益への貢献」という高い目標設定から次第にサラリーマンの働き方改革に近いセンスが導入され、より働き易い職場作りを目指そうとしている姿勢がはっきりとしています。インセンティブの在り方が変わっています。なぜでしょうか。
最大の理由は、退職者が依然として多いことにあると思われます。金融庁のキャリアだけをみても、入庁して数年から5年程度で早期退職する職員が各年次に数人います。異常です。ある年次では残っている職員がほとんどいないという惨憺たる現実もあります。
霞が関全体として、退職者が増えているという傾向がありますが、新しい官庁である金融庁も退職者の増加に歯止めがかからないことに悩んでいます。それゆえ森・遠藤長官は事態を深刻に受け止め、「内外」に周知するため、行政方針にまで書き込んだのだと推察しております。
公務員への希望者が減っていることが日本の社会にとっていいことなのか、悪いことなのか判断は迷うところですが、当の官庁にしてみれば死活問題です。学生に「国益」を強調してもピンと来ないのかもしれません。難問です。
◎地銀の再編が誘発した企業統合
行政方針に本来であれば盛り込まれるはずの地域金融機関の金融仲介の実態についての報告、経過報告書が別途、「金融仲介機能の発揮に向けたプログレスレポート」として公表されました。初めてのことです。新聞があまり取り上げないので、特に面白いと思われる指摘事項についてご紹介します。
金融庁はこのところ金融機関の取引先企業に対してアンケート調査を毎年実施しています。昨年度は3万社(回答9000社)に対して実施した大調査です。
回答のなかで「自社の経営課題について金融機関が納得感のある分析や対応を行っている」と評価する企業が半数もあったということです。半数というのは極めて高い水準です。海外の事情は知りませんが、ここまできめ細かく対応しているは日本だけではないでしょうか。
また、経営改善支援を受けた企業は3割にも上っています。レポートは少ないとネガティブな評価を下していますが、むしろ高く評価すべきではないかと思います。
アンケートには多くの質問があり、それぞれ面白い結果がでています。それらは読んでいただくとして、少し目を引いたのが、「金融仲介の優良事例」の紹介です。それはある地銀営業店が取引のない優良企業の創業者が亡くなり、その事業承継・合併に尽力したという事例です。
当該銀行とたまたま合併相手先企業の取引銀行との統合話があったことが、合併の成功につながったと紹介されていました。つまり、銀行の統合が取引先の統合を誘引したということです。これは、今後の地銀の再編の将来を描いており、大変、興味深いもものでした。銀行が統合すれば、企業も統合するということです。地方の企業の再生は銀行の再編が契機となるかもしれません。
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