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金融検査マニュアル廃止で何が変わるか

金融庁は9月11日、「検査マニュアル廃止後の融資に関する検査・監督の考え方と進め方」のディスカッション・ペーパーを公表した。この後、パブコメに付されたが、現行の償却・引当の基準を定めた金融検査マニュアルは、今年度中に廃止される見込み。今回のペーパーのポイントを整理したい。

 

◎現状の自己査定手法を容認

 

金融検査マニュアルは1999年の7月に公表されました。ですから20年前のことです。検査の指針としてだけではなく、金融機関の融資実務・自己査定の事実上の基準としても活用されたため、マニュアルの別表に記された基準は、以来、数々の金融慣行を作り出していました。それを廃止するのですから、融資実務に大きな影響を及ぼすものと予想されていました。

 

しかし、今回のペーパーでは、現状の自己査定の実務を容認、追認するとしたため、すぐに混乱を招くような事態にはならないようです。今回のペーパーの意義は、一言でいえば検査マニュアルの廃止を明文化したことにつきます。今後、現行の会計基準(金融商品に関する会計基準)と税制の枠組みのもとで、各金融機関のビジネスモデルとの整合性を取りつつ自己査定(引当・償却)を実施し、金融庁はその考え方を尊重するというスタンスです。

 

ただし、引当・償却の基準は事実上、緩和されます。ペーパーではこうなっています。

 

「これまでの融資に関する検査・監督は、各金融機関のビジネスモデルとは切り離して、特定の内部管理態勢のあり方を想定して設計されてきたため、金融機関の融資に関する様々な取組みや将来損失の的確な見積りを制約する結果となっている可能性が指摘されている。

 本来、金融機関の融資業務については、経営理念を出発点として、これと整合的な形で経営戦略・各方針が策定され、内部管理態勢が構築され、融資方針からリスク管理、自己査定・償却・引当までの実務が一貫性をもって進められることが望ましく、当局の検査・監督もこの点を踏まえて設計されるべきである」と。

 

つまり、これまで「将来損失の的確な見積りを制約していた」ことを解放し、「融資方針からリスク管理、自己査定・償却・引当までの実務が一貫性をもって進められることが望ましい」と自主的な判断を尊重するということです。

 

◎将来損失の判定の自由化

 

(1) 経営方針・スタンスで変わる引当率

ペーパーには、自主的な判断を尊重するケースがいくつも例示されています。たとえば、ある債務者に対して、金融機関が①再生を図ろうとするケース、②借金返済を優先しようとしているケース、③債権を売却しようとしているケースでは、引当水準は当然、違って構わないというのです。同一債務者に対する債務者区分が異なることを認めているのです。

 

これまで、破たん懸念先企業に対する引当は、メインバンクであろうが、サブであろうが、一律に債務者区分に応じて引当率を適用してきました。これは金融検査で指摘されるからです。しかし、メインバンクは再建できると考えるのですから、債務者区分は引き上げてもおかしくありません。

 

また、再生支援しているときに、メインバンク以外の銀行からの運転資金について、設備投資計画とは別にキャッシュフローに基づいて返済可能ならば、破たん懸念先として引当率を適用する必要はありません。ペーパーはメインバンクの役割についてクローズアップしています。メインバンク制の復活を目指しているわけではないのですが、責任をもって取り組むケースには、それなりのアロウワンスを認めています。

 

メインバンク制度は日本独自のコンセプトですが、検査マニュアル導入以前には、常識的な金融慣行でした。今回、明確にメインバンクの役割を定義しているわけではありませんが、明らかにメインバンクとそれ以外との線引きが行われています。地銀がその地域の中核企業を支援して再生する際には、債務者区分も柔軟に考えることを強調しています。勿論、合理的な説明が必要になります。

 

(2)体力とスキルで変わる引当率

「引当率の幅についても柔軟に考える」(金融庁)と説明していますので、現在、例えば、破たん懸念先は70%程度の引当率ですが、広がる可能性があります。これまで破たん懸念先について50%程度の引当を行っている事例もありましたが、例外的でした。合理的であれば、形式要件に拘わらず、引当率は上下していくことが予想されます。

 

一般貸倒引当率も現状、債権をグルーピング化して、引当率を決めることが認められていますが、これが加速する可能性があります。業種別のグルーピングでは、いまは何といっても不動産関連が注目されます。バブル化している業種をどうみるかは、大きなポイントになります。ほかにも銀行の特殊な審査スキルがある場合には、引当率も上下する可能性があります。

 

引当が柔軟になるということと、勝手に引当てるということとは違います。当該金融機関の健全性との整合性が問われます。自己資本が十分ならば、リスクをとって引当を多くすることが考えられます。あるいは引当をせずにリスクを取りにいくこともあり得ます。様々なパターンが出てくるはずです。たとえばパチンコ業界に特殊な審査スキルがあるのなら、引当率は低くして融資することも、あるいは自己資本が十分なら引当率を高くしても融資することができます。まず融資するという金融機関のスタンス・意向を重視するというわけです。勿論、将来性を見越してという条件がつきます。

 

したがって、検査マニュアルの廃止がただちに金融機関の融資を増やすとか、引当率が下がるといった事象に結びつくわけではありません。ただ、日本の経済・金融環境次第によっては、マニュアルの廃止が経営方針を変える切っ掛けになります。金融の再編のみならず企業の再編を加速させるかもしれません。あるいは、新しいリスクの取り方を生み出すかもしれません。

 

引当は経営戦略そのものですから、ある意味、体力勝負、優勝劣敗を加速させます。金融庁の狙いの一つと考えるべきでしょう。

 

(3)協同組織金融機関は別の視点で判定

現状、引当の多様化はすでに相当、進んでいます。日銀が2回ほど金融機関の引当の現状ついてレポートを出していますが、そこで示された将来の損失率の算定方法は多様でした。監査法人の対応も柔軟になっていることも示しています。こうした取り組みに加え、過去の倒産実績だけにとらわれない予想損失率が加われば(すでに活用されていますが)、引当のパターンはさらに多様化すると思われます。

 

ペーパーでは、「金融機関の個性・特性」とわざわざ断り書きを入れて、「金融機関の個性・特性に即した信用リスクの把握」などといった表現が随所に見られます。これは、協同組織金融機関のことを指しているものと思われます。一般貸倒引当のグルーピングも中小金融機関にはそのノウハウがありません。また、スキルといってもどの分野への融資のスキルがあるのか当局も把握することはなかなかできないのではないでしょうか。この点は、金融機関側の課題であり、当局の課題にもなっています。将来への課題です。

 

◎検査マニュアル導入以前との比較

 

冒頭に書いたように金融検査マニュアルは、自己査定の導入とパッケージでした。ならば、マニュアルの廃止は今後の自己査定の仕組みを変えることになります。

 

自己査定が導入された当初、金融機関が算出した不良債権比率と金融庁とのそれとのかい離が問題になりました。金融庁の査定のほうが30%程度厳しかったと記憶しています。それが年を追うごとにかい離幅が消えていき、3年程度でほぼ一致しました。金融庁もその事実を認めたうえで、かい離率の公表を取りやめました。このときは、不良債権処理の処理が最大のテーマでした。つまり不良債権額の認識が一致したというわけです。

 

本来はこの時点で検査マニュアルを廃止してよかったはずです。ある金融庁のOBは、「所期の目的を達成したのだから、廃止すべきだった。そのまま存続したため、将来のリスクテイクの芽をつぶしてしまった」と述懐しています。金融機関の審査部の要員を減らし、リスクテイクを臆病にしてしまったという反省です。

 

それでは今回のテーマは、何か。金融庁は「本来の姿への回帰」といっていますが、引当に制約されないリスクテイクということになります。

 

なお、マニュアル公表の直前に作成された「銀行等金融機関の資産の自己査定並びに貸倒償却及び貸倒引当金の監査に関する実務指針」には、現在、マニュアルが引用されていますので、こうした周辺の規制・規程の整備は必要になると思われます。また、税制については、今回の廃止にまったく影響されません。すべて有税引当です。これも税効果会計が認められていますので、無税・有税の区分けの意味もほとんど薄れていますので当然といえば当然でしょう。

 

・余談――旧日債銀の窪田頭取の裁判で焦点のひとつとなったのが、関連ノンバンクの引当でした。銀行側と窪田氏側は非分類資産であることを主張し、当局は分類を主張し、日債銀の債務超過を正当化しようとしました。窪田氏側は裁判で銀行が最後まで面倒を見て再生させるつもりなのに、それを否定することは、これまでのやり方と違うのではないかと反論しました。今回の廃止は、そのやり取りを思い起こさせました。あのような事態が起こらないことを願うばかりです。

 

*参照

https://www.fsa.go.jp/news/r1/yuushidp/yuushidp.pdf

 

 

 


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