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2020年の金融庁・財務省幹部人事異動評

金融庁と財務省は7月20日付で定期の幹部の人事異動を行った。金融庁では遠藤俊英長官(昭和57年入省)が退官し、後任の新長官に氷見野良三(58・国際金融審議官)氏が昇格した。また、財務省では、岡本薫明財務次官(58)の後任に太田充(58・主計局長)氏が大方の予想通り、就任した。人事異動のポイントを取りまとめておきたい(人柄等の人物像については説明省略させて頂く)。

 

<金融庁>

◎新長官に氷見野氏

 

 氷見野氏の昇格は既定路線でしょう。あるとすれば、遠藤長官の留任しかありませんが、ある金融庁長官OBによれば、年明けの時点ではまだ3年続投説もあったとのこと。官邸、麻生大臣も踏ん切りがついていなかった模様です。

 

 これは、昨年もこのコラムで書きましたが、官邸では氷見野氏は国際派ということになっています。つまり、国内金融機関とのコンタクトが弱いという見方です。永田町でも氷見野氏を親しく知る議員は少ないという評判でした(だからと言って問題があるわけではないのですが)。遠藤長官は金融団体との会合に氷見野氏を同席させるなど“周知”を進めていましたので、後継者と決めていたのは事実です。

 

 氷見野氏のキャリアについては、いろいろなメディアで紹介されていますので省略しますが、あまり知られていない特筆すべきキャリアは、なんといっても現在、FSB・金融安定理事会の監督・規制に関する常任委員会の議長だということです。もちろん、日本人として初のポストです。

 

 FSBのこの委員会はG20の金融規制標準つくりの実働部隊です。世界の金融監督の指針を作り、世界の金融当局間の合意形成を図るという重責を担っています。一般的に知られているような自己資本比率規制だけでなく、今後、ポストコロナ時代の様々な指針作りを誘導していくことになります。

 

 メンバーには各国の中央銀行総裁や財務大臣などトップクラスが並ぶ常任委員会です。ここで議長として選ばれたということは、それだけメンバー国からの信任が厚いという証左ですし、なによりも世界に顔を知られていることになります。

 

 国内の金融監督だけでなく、世界にも目を配るという重責を担っているということを強調しておきたいと思います。話題は少しずれますが、リーマンショックや今回のコロナショックのときに、日本の銀行のドル調達が危ぶまれました。それを乗り切ったのは、日銀と財務省トップレベル(金融庁は確認してませんが)のFRBとの日ごろの付き合い、情報交換がものをいいました。国際的な人的ネットワークは、日本全体のリスクマネジメントとしても極めて重要だということです。中国がそれを意識しているのは、ご承知の通りです。

 

 金融庁長官としての目下の課題はコロナ対策でしょう。たとえば、総額数十兆円に上ると想定される民間金融機関による実質無利子・無担保融資のツケは、いずれ国が保証を履行せざるをえなくなると同時に民間金融機関の貸出信用リスクとして顕現化してきます。モラトリアムのツケは、いつか清算しなければなりません。信用リスクの顕現化のパターンはいくらでも考えられます。

 

 そのとき、氷見野長官がどのようなスタンスで臨むのか、注目したいと思います。日ごろのお話を伺っている印象からすると、意外とドライに処理するのではないかとみています。

 

◎次の長官候補に古澤氏も浮上

 

 局長人事については、60年組の森田宗男総合政策局長が氷見野氏の後任の金融国際審議官となり、同期の中島淳一企画市場局長が総合政策局長となりましたので、この期から長官を選ぶとすれば、中島氏ということがほぼ決まったことになります。中島氏の後任には、古澤知之・証券監視委員会事務局長(61年)が回って来ました。

 

 仮に氷見野氏が1年間で勇退すると、中島氏の後任長官はほぼ決定的でしょう。2年間となると、長官候補に古澤氏が入ってきます。お二人の金融庁でのキャリアを比較すると、「中島氏は監督局の経験がないが、古澤氏は監督局審議官のキャリアがあること、また、幅広いキャリアからすると古澤氏が有力」(金融庁OB)という見方があります。また、「次は中島で決まり」(財務省OB)という声もありました。

 

 森田金融国際審議官はIMFに6年、OECDに3年、またコロンビア大学にも行かれていますので、キャリアからすれば当然の人事だったのかもしれません。なお、将来の後任は、白川俊介総括審議官(61年)。その次は、有泉秀財務省国際局次長(63年)が有力視されています。

 

 栗田照久監督局長(62年)は留任し3年目に入ります。佐藤隆文元金融庁長官が3年間監督局長を務めたことがありますが、それ以来のことです。さすがに来年はほかのポストに移られるのではないかと思いますが、若くしての抜擢人事で監督局長になられたので、あるいはこのまま長官になるということもあるかもしれません。

 

 局長人事ではありませんが、今年は極めて珍しい課長人事がありました。メガバンク担当の監督局銀行一課長の新発田龍史氏(H5)が地銀担当の銀行二課長に転じたことです。前任の島崎征夫氏はH7の入省ですから、まるで順番が逆のような人事です。

 

 大蔵省時代からみても1課長に相応する銀行課長から2課長の中小金融課長に転じた例はありません。格下のポストに、年次も下のポストに転じたことになります。これだけを見れば新発田龍史氏に対するペナルティのように見えますが、実際は、「地銀対応の重視」というメッセージの発信だと思います。

 

 加えて、銀行間振込手数料の引下げ問題を担当していた新発田氏を地銀担当にして説得にかかるという意味もあるかもしれません。手数料問題は、本来ならばこれほど大げさな問題にならないはずでしたが、未来投資会議で安倍総理発言まで引き出された以上、「回答なし」ということにはならなくなりました。今後、検討の過程で水争い的な様相を呈する可能性もあります。政治的な判断も必要です。

 

<財務省>

◎驚きの矢野主計局長

 

 財務省人事では、大方の予想を裏切って、矢野康治主税局長(60年)が主計局長になったことです。太田主計局長が事務次官になることは既定路線で、その主計局長の後任に次官含みで可部哲生・理財局長(60年)が就任するとみられていました。

 

 それが、可部氏が国税庁長官になったのは、驚きでした。可部主計局長・矢野主税局長留任が省内の常識でした。たとえ、可部氏を次官にする場合にも主税局長から次官になってもなんらおかしくはありません。「官邸人事かもしれないが、麻生大臣が判断したということに驚いた」(省内)とのことです。可部氏と麻生大臣との間に何かあったのかもしれません。

 

 来年の次官人事が注目されますが、本命は矢野。確率は低いものの場合によっては可部氏ということでしょうか。受けに強い人物(猛烈に頭の回転がいい)が必要となれば、可部。

 

 財務省には当面はコロナ対策、とりわけ10兆円の予備費の配分という大問題があります。官邸はこの使いやすさを考えて矢野氏を選択したのかもしれません。矢野氏はポジションから当然のことなのですが、官邸の今井秘書官以下の安倍総理側近との距離が近く、菅官房長官とはいわば因縁の仲です。ただ、官邸と仲がいいだけではマクロ政策運営担当者としての責任もあります。そこをどう折り合いをつけていくのでしょうか。

 

 ある財務省のOBが面白い人物比較を教えてくれました。財務省のマクロ政策へのダメージコントロールが違うというのです。「太田・可部は割り切った対応をする。ダメージコントロールが非常にうまい。コロナ対応でも△100のダメージならば、△50ですぐに折り合いを付けてしまう。その点、矢野は引かないので、原則論的に△0をまず提案する。しかし、結果は△70とか△80になってしまう」。なるほどです。

 

◎“安倍的なもの”との決別

 

 次に驚きだったのは、中江元哉関税局長(59年)の勇退です。2年間も関税局長にあり、次は国税庁長官というコースが想定されていました。総理秘書官経験者が関税局長で退官したことはは聞いたことがありません。まして、中江氏は安倍官房長官のときの秘書官も歴任しています。退官理由はまったく不明です。あるとすれば、麻生財務大臣とそりが合わなかった可能性があります。しかし・・・。それで勇退はあるのでしょうか。

 

 美並義人東京国税局長(59年)の留任も意外でした。60歳の定年を迎えるため、本省の局長にする最後のタイミングだったからです。この留任によって国税庁長官の芽も消えます。

 

 中江氏といい美並氏といい、59年組からは、いわゆる次官クラスの人が一人も出ないことになります。59年には、西田安範前防衛省・防衛審議官がいわゆる次官クラスとなりましたが、本省ではなく、他省庁の次官クラスです。

 

 昔風に言えば、財務省には3冠というポストがあります。次官、財務官、国税庁長官です。少なくとも、このどれかを各入省組に割り振ってきました。59年組はゼロになります。これは戦後で初のことです(財務官は戦後に創設されたポストなので、結局、史上初ということになります)。

 

 武内良樹財務官(58年)の1年間での勇退も意外でした。財務官は数年、務めるということが多かったからです。

 

 中江、美並、武内氏の人事に共通するものがあるように思います。それは安倍総理との決別ということです。“安倍的なもの”の排除です。森友問題はまだ民事訴訟の渦中にあります。財務省はそれを完全に排除したということではないでしょうか。この問題が表面化した前後に美並氏、武内氏とも近畿財務局長でした。また、中江氏は総理秘書官でした。大きな背景としては、安倍政権の終焉を見込んでいるということと、安倍的なものとの決別があったと考えています。


(財務省)    
 事務次官 太田 58 岡本 58
 財務官 岡村 60 武内 58
         
 〈大臣官房〉        
 官房長 (留任)   茶谷 61
 総括審議官 阪田 63 神田 62
 政策立案総括審議官 藤本 61 岡本 60
 副財務官 吉田 4 三村
 秘書課長 (留任)   吉野 5
 文書課長 前田 4 坂本 3
 会計課長 武田 4 木村 2
 地方課長     谷口 2
 総合政策課長 廣光 4 岩元 3
 政策金融課長 4 廣光 4
 信用機構課長 嶋田(兼) 3 井口(兼) 2
         
 〈主計局〉        
 局長 矢野 60 太田 58
 次長 角田 63 阪田 63
 次長 宇波 角田 63
 次長 青木 宇波
 総務課長 中山 4 阿久澤 3
         
 〈主税局〉        
 局長 住澤 63 矢野 60
 審議官 小野 住澤 63
 審議官 江島 2 小野
 国際租税総括官(参事官) 武藤 63 安居 61
 総務課長 田原 4 小宮 3
 〈関税局〉        
 局長 田島 61 中江 59
 審議官 小宮 山名 62
 審議官 源新 63 小宮
 総務課長 (留任)   渡部 4
         
 〈理財局〉        
 局長 大鹿 61 可部 60
 次長 窪田 63 鑓水 62
 次長(国有) 井口 2 富山 62
 審議官 諏訪園 63 窪田 63
 総務課長 湯下 4 嶋田 3
         
 〈国際局〉        
 局長 神田 62 岡村 60
 次長 有泉 63 宮原 61
 審議官 三村 有泉 63
 審議官 (留任)   土谷 2
 総務課長 緒方 4 三好 3
         
 〈財務総合政策研究所〉        
 所長 宮原 61 大鹿 61
 副所長 (留任)   上羅 59
 副所長   長谷川(浩) 59
 副所長 (留任)   高見
         
 総務研究部長 上田(兼) 6 中澤 3
 特別研究官 (留任)   成田 59
 特別研究官 (留任)   久米 62
         
 〈国税庁〉        
 長官 可部 60 星野 58
 次長 鑓水 62 田島 61
 審議官(国際)    小宮 3 武藤 63
 審議官(官房)    木村 2 後藤 63
 〈国税局〉        
 東京国税局長 (留任)   美並 59
 大阪    〃 小原 61 榎本 60
 関東信越 〃     栗原 60
 名古屋  〃 吉井 63 小原 61
 仙台    〃 日置 2 成田 62
 広島    〃 清水 2  
 髙松    〃   松重
 福岡    〃 後藤 63 吉井 63
         
 〈財務局〉        
 関東財務局長 古谷 61 北村 59
 近畿  〃 2 青木
 東海   〃 水口 62 藤本 61
 東北   〃 (留任)   原田 63
 北海道 〃 谷口 2 平井
 九州  〃 (留任)   大津
 北陸  〃 62  
 福岡財務支局長 小原 62 小林 61
         
 〈税関〉        
 東京税関長 榎本 60 松村 58
 大阪  〃 小林 61 中山 60
 横浜  〃 富山 62 中尾 60
 神戸 〃 佐藤 62 大西 60
         
 (金融庁)        
 長官 氷見野 58 遠藤 57
 金融国際審議官 森田 60 氷見野 58
         
 総合政策局        
  総合政策局長 中島 60 森田 60
  国際総括官 (留任)   天谷 61
  総括審議官(官房) (留任)   白川 61
   政策立案総括審議官 井藤 63 松尾 62
   秘書課長 (留任)   柳瀬 4
  総務課長 (留任)   柴田 4
  総合政策課長 岡田 5 田原 2
  参事官(国際) 長岡 3  
  参事官(国際) 三好 3 吉田 4
         
 企画市場局        
   企画市場局長 古澤 61 中島 60
  審議官(開示) 井上 3 油布
  参事官(信用) (留任)   中村(修)
  審議官(市場) 油布 井藤 63
   総務課長   長岡 3
         
 監督局        
  監督局長 (留任)   栗田 62
   審議官 (留任)   伊藤(豊)
   参事官 (留任)   石田 2
   参事官 田原 2 齋藤 2
  総務課長 (留任)   尾﨑 4
         
 証券取引等監視委員会        
事務局長 松尾 62 古澤 61
事務局次長 齋藤 2 水口 62
総務課長 若原 6 武田 4