金融庁は金融審議会で地銀の統合支援のために、追加的な初期コスト(システム投資等)の一部を公的資金で負担するという政策を明らかにした。事実上、政府による補助金である。この「資金交付制度」の財源は預金保険機構の金融機能強化勘定の剰余金の350億円である。しかし、本来はこの交付金は法的根拠のある補助金として来年度の国家予算に組み入れるべき資金ではないのか(地銀再編特別法として)。しかも、そもそも本当に預保の資金を使ってよいものなのか。
◎第1の論点―本来は新法を作るべきではなかったか
預金保険機構の財務勘定は、預金保険法だけでなく様々な金融セーフティネット法制ごとに勘定区分され、現在、9つの勘定の集合体になっています。金融機関が預金保険料を納付しているのは、一般勘定(金融機関が経営破たんしたときに支払われる預金保険の原資となる準備金を積んでいる)だけで、ほかの勘定はすべて預金保険機構の借入または預金保険機構債(ただし政府保証付き)が原資となっています。以上がおさらいです。
さて、今回、金融庁が公表した「資金交付制度」構想の公的資金の出どころは、預保の金融機能強化勘定の剰余金です。金融機能強化法が根拠となっている勘定です。金融機関の資本不足を補うために、これまで主に優先株式として4800億円(6840億円投入され、2000億円返済)ほど投入されています。純粋な公的資金です。
優先株式ですから配当があります。しかも、普通株式よりも高配当です。こうした金融機関からの配当金と、加えて優先株式の買戻し(返済)にともなうキャピタルゲインが226億円ほどになり、併せて利益剰余金として2019年度末で560億円ほど貯まりました。ただし、来年度からはある事情から200億円ほど剰余金が減少しますので350億円ほどが、今回の政策の原資となります。
さて、ここから本題です。そもそも預保の剰余金を補助金(行政裁量的に)として流用することの是非です。金融庁は「将来国庫納付することが予定されている、いわば公的な資金を活用させていただくということ(だから正当化される)」と説明しています。
余っている資金なのだから使えるというのは、随分と乱暴な根拠です。ここに、素朴な疑問が生じます。①本来は立法をもって予算要求すべきことがらではないか、②そもそも使ってよい資金なのか。また、使って問題は生じないのか、③そもそも金額は十分なのか、という点です。
地銀の再編に必要な資金ならば、国会で審議した法律に基づき、国家予算に計上して使うのが本筋です。そうであれば、剰余金の流用という中途半端というか小手先の政策ではなく、正々堂々と予算要求すればよいのです。
なぜ、そうしなかったのか。流用を正当化する金融機能強化法あるいは預保法の改正では、国会の審議に熱は入らないでしょう。しかも、「余っているカネ」という説明を受ければ国会議員も、別に構わないのではないかと安易に考えるのではないかと推察します。
それが「地銀再編のための資金援助法」となれば、国会審議はそう簡単には通らないでしょう。特定の地域の地銀に対する補助金助成法案ですから、その必要性を説明することに相当の労力が求められます。しかも、補助金はいくらになるのかという議論になるはずですから、審議がすんなりと通るとは思えません。それに信金、信組も黙ってはいないでしょう。剰余金の流用は、逃げたという印象がぬぐえません。
国会審議のプロセスを経ない政策は所詮、アドホックなものになりがちです。仮に金融庁が本腰を入れて資金援助法を作れば、金融行政において初めて補助金制度が作られたことになり、その意義は大きいと思われます。現行の金融機関の破たん処理や資本注入の法律は金融システムの安定という大義名分に基づくもので、今回のように個別銀行経営のPLに収益として資金を入るものではありません。今回は純粋な補助金です。
金融行政において補助金として機能してきたのは、かつての店舗行政が代表的なものであったと思います。店舗が増えれば収益が伸びた時代の行政です。しかし、いまは金融庁にそうした手立てはほとんど存在しません。そうした、いわばアメがなくなった行政にとって、この補助金は意味を持ちます。ちなみに、経産省が作った「産業競争力強化法」という事業再編のための法律もあります。やればできるという見本ではないでしょうか。
◎第2の論点―そもそも預保の剰余金は使ってよいのか
余っているのだから使える―確かに、いまは使えます。しかし、この剰余金を計上している金融機能強化勘定は、将来、赤字にならないかという懸念が払しょくできません。令和1年度のこの勘定の剰余金は560億円あります。しかし、今回使えるのは350億円と公表されました。この約200億円の差額はどこから生じたのでしょうか。剰余金が560億円あるのなら、そのまま560億円と公表すればよいのです。
実は令和2年度決算で200億円減額することが予定されているのです。預保の実働部隊である整理回収機構(RCC)が、地銀等への資本注入の実務を担い、その借金の証文である優先株式を保有しています。優先株式の額が大きいため、地銀がRCCの持分法適用会社となり、保有先金融機関の損益がRCCの決算に反映されます。令和1年度において、保有先金融機関の有価証券運用について減損処理したため、200億円の穴が空きました。これが預保の金融強化勘定の令和2年度決算に反映されるのです。だから350億円なのです。今後も同じような事態が起こるかもしれません。
そもそも剰余金といっても、いま現在余っているだけで、確定した剰余金ではありません。預保(あるいはRCC)が保有している優先株式の時価の問題もあります。公的資金を投入した地銀の株価が下がっていけば、簿価と時価との差額が大きくなります。いわば含み損を抱えることになります。勿論、反対に、常識的には時価が簿価を上回れば、資本を入れた地銀は公的資金を返済するでしょう(これがもっとも望みうる状況です)。
金融機能強化勘定は時限勘定です。その期限は、3度延長されてきましたが、いつかは期限を迎えます。そのとき赤字であればどうなるのでしょうか。
延長してきたから、また延長すればよいという声もあります。どうせ恒久化するしかないから時限には意味がないという方もいます。そうかもしれません。しかし、そうするには国会審議を経なければなりません。国会審議が荒れる、あるいは政権が交代する、なんらかのハプニングが起こることも想定しなければなりません。したがって、建前としては赤字になったときの対応を考えておく必要があります。
方法は二つあります。財政による補てんか、あるいは預保のほかの勘定からの付け替えです。筋論から言えば、冒頭に書いたように政府による公的資本注入した勘定なのですから、前者が正しい結論になります。しかし、多分、国会は紛糾するでしょう。財政による補てんは税金の投入ですから。
となると、後者になるかもしれません。これには前例があります。かつてRCCの住専勘定をクローズするときに1.4兆円の損失・赤字があり、実務的にクローズすることができませんでした。それを政府と民間金融機関とで折半したとき、3000億円ほど預金保険料で積んでいる一般勘定から付け替えたのです。いまから考えても、よくやったなという感じです。なぜ、金融機関の破たん処理のための保険料を積み立てていたのに、住専の赤字を埋めるなんて、筋違いも筋違いです。できるのでしょうか。
いまだに新生銀行の公的資金は返済されていません。含み損を抱えているからです。この現実をみれば、預保の幻というべき剰余金に手を着けるのは、いかにもいかにも筋が違うと思わざるを得ません。
◎第3の論点―金額は十分なのか
金融庁は350億円を原資に10行に30億円程度を配るつもりのようです。30億円は平均ですから、まあ10億円から50億円かもしれません。いずれにせよ、このレベルの額で地銀の再編のインセンティブになるのかどうか。システムの統合負担は相当な額に上ります。ケースにもよるでしょうが、この金額だけで再編ができるわけではないでしょう。実際、そうコメントした頭取もいます。呼び水になるという声も聞きますが、それは期待するほうの見方であると思います。
破たんを避けて再編というシナリオならば、破たん処理に準じた金額の投入まで許されるのではないでしょうか。ならば、30億円はあまりにも少な過ぎます。補助金なので、いわば挨拶代わりかもしれませんが、政策としてはこれまた本筋ではないと思います。むしろ、公的資金を注入したうえで、再編するというほうが、よほど本筋ではないでしょうか。それが限りなく国有化に近いものであっても。
◎政権への忖度ではないか
貸付交付金というアイディアは、金融審議会の銀行制度WGの審議の最後の最後に事務局である金融庁から提案されました。議事録を読む限りでは、昨年の11月の1回の審議で終了しています。制度WGでは規制緩和がメインテーマでした。ファイアーウォールや業務範囲規制の緩和が議論されていたとみていたら、ところが「突如として再編補助金が出た」(関係者)のです。
このタイミングは菅総理の地銀が多過ぎるという発言に沿った動きと捉えかねられません(独禁法の特例法が成立したという事実もありますが、制度論議の場でなぜ補助金なのかという違和感があります)。「忖度ではないか」という声を聞きました。総理の意向に沿った政策であれば、確かに官僚としてプラス点でしょう。そうした憶測を生んでしまったことに、残念ながら後味の悪さを残しました。
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/ginkouseido_wg/siryou/20201216/siryo1.pdf
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