財務省、金融庁は7月8日、幹部人事異動を行った。金融庁は氷見野良三長官(昭和58年・1983年大蔵省入省)が1年で退官し、その後任に中島淳一総合政策局長(60年)が着任した。監督局長を経験していない長官が続けて誕生したことになる。また、天谷知子国際総括官(61年)が次官クラスの金融国際審議官に登用されたことが注目される。一方、財務省は矢野康治主計局長(60年)が事務次官に順当に昇格。ほぼ順当の順送り人事となった。
◎氷見野長官が1年で退任、後任に中島氏
氷見野長官の退任の背景には、金融庁幹部の定年が迫ってきたことがあるように見えます。金融庁発足当初は、若くして局長、長官になれた金融庁も次第に幹部職員の高齢化が進んでおり、長官と局長の入省年次が接近し、長官を2年、3年と続けていく時間的な余裕がなくなっています。
今年の国会で国家公務員法が改正され、国家公務員の定年延長が決まりました。しかし、幹部職員は依然として、60歳の天井が残りました。今回、「管理職の役職定年制」(管理監督職勤務上限年齢制)という考え方が導入され、その年齢は現在と同じ60歳です。
したがって、61歳、62歳・・65歳の局長は、将来とも存在しないのです。国家公務員として60歳以上になっても勤務できるものの、ポストは管理職未満(係長クラス)にすべて降格し、給与は3割カットされます。さすがに係長として前局長は在籍することはできないでしょう。したがって、局長の定年退職は60歳のままなのです。なお、特例として長官は62歳まで長官として在職することができます。
「今後とも1年で勇退というケースが増えていくのではないか」(霞が関)との声が聞こえます。金融庁だけでなく、事実上の親元である財務省も同じです。なお、長官を1年で勇退するのは細溝氏に次いで二人目。任期2年あるいは3年という常識が定着していたため意外感が残りました。
実は氷見野長官は後任の中島氏の年令を考慮しても、続投することができました。憶測の域を出ていませんが、昨年10月の東証のシステムトラブルが氷見野人事に影響した可能性があります。世界的な株取引市場である東証の終日取引停止という前代未聞の大事件でした。官邸にトラブルの説明に行った長官は総理から相当叱責を受けたと聞いています。
東証の監督責任は金融庁にあります。システムトラブルを未然に防げなかったのか、事後対応策が不十分だったのはなぜか。行政としては大失態となります。信賞必罰が官邸、というより菅総理のモットーですから、この監督責任を問われたという「説」も有力です。
建前上、内閣人事局が人事評価しますが、総理の怒りが優先したと考えるべきでしょう。勿論、真相はわかりません。ただ、市場周りの事実上の監督責任者(東証への業務改善命令発出者)である古澤知之市場企画局長(61年)と栗田照久監督局長(62年)が今年の人事で留任したことと考え合わせると、東証トラブルの責任を取ったということかもしれません。人事は官邸の好悪が強く反映されるので、真相は不明です。
さて、氷見野氏の退任の理由は置いて、後任の新長官の中島氏ですが、新聞メディアは東大の工学部出身ということを人物紹介でクローズアップしていますが、「入省してしまえば、学部無視で皆同じ」(財務省OB)なので、取り立てるような感じはしません。確かに大学が非東大であれば、組織内から陰に陽にストレスがかかりますが、さすがに出身学部はほとんど意味はなくなっていると思います。
中島長官の直近の実績といえば、投信販売の拡大の契機となった信託報酬手数料の引き下げでないかと思います。当時の森長官の強引ともいえる引下げ要請を関係者と詰めて実現させたシュアな手腕が印象に残ります。現在の投信販売の広がりの契機となりました。これは政府の成長戦略のコアとなっていました。
また、今年の氷見野長官が主導した東京市場の国際化について、非居住者の相続税の改正も中島氏の実績ではないでしょうか。淡々として実行していくイメージがあります。ただし、あくまで見えるところでの印象ですので、ほかにも、より大きなテーマでの実績があるとは思います。
長官のキャリアとして、氷見野氏以前までは「監督局長から長官就任」というコースが定着していました。氷見野、そして中島氏と“非監督局長経験者”が続いたという点が今回の人事の最大の特徴といえるかもしれません。
氷見野氏や元長官の森氏は、「政策官庁としての金融庁」という看板を掲げていました。遠藤氏からはそうした発言はあまり耳にしたことがないのですが、個別金融機関の経営の監督ではなく、マクロプルーデンスに重きを置くという方向性はさらに固まってきたように思われます。中島氏の着任はそのイメージを強くするものです。
◎天谷金融国際審議官
次に女性登用の流れとはいえ、天谷知子金融国際審議官には驚きました。金融国際審議官は、次官クラスのポストです。天谷氏は昨年、「国際総括官」という新設ポストに就きました。このポストは財務省で言えば、国際局長です。金融国際審議官は財務官に相当します。つまり、分かり易く言えば、国際局長から財務官に昇格したということになります。
天谷氏のイメージといえば、どちらかといえば検査部という感じがあります。しかし、よくよくキャリアを拝見すれば、国際畑というキャリアが昔から続いています。財務省から金融庁に転じたときのポストは、総務企画局の国際課企画官。その後、監督局では国際監督室長、預金保険機構調査部長に転じたときは、いわば国際調査がメイン。金融庁に戻ってからは、証券監視委員会や検査局に在籍されましたが、「国際色」が付いていました。
これまで女性登用で注目された方のなかには、パワハラ問題があったり、とかくトラブルが付いて回ることが多い中で、天谷氏にはそうしたトラブルめいた話題はありません。「大蔵省(財務省)の女性キャリアのなかで、初めて一切、女性というゲタをはかせなかった」とある財務省OBは振り返っていました。従来、女性キャリアは数が少ないということもあり、特別に処遇されてきましたが、斟酌なしだったというのです。とかくマスコミ受けを狙った女性登用が霞が関でも目立ちますが、そうした人事とは一線を画します。
ただ、森田宗男金融国際審議官(60年)の後継者は、キャリアからも天谷氏と同期の白川俊介総括審議官(61年)だと思っていました。その白川氏は関東財務局長に異動。かつて総括審議官から関東財務局長に転じた人事がありましたが、そのとき、ペナルティ色はぬぐえませんでした。すくなくとも長官とのソリが合わなかった感じが残っています。今回もそうしたことがあったのか、なかったのか。同じ局長クラスとはいえ、違和感が残りました。
天谷氏の後継者は、今回の異動で財務省国際局次長の有泉秀氏(63年)が金融庁国際総括官に回りましたので、ほぼ決まりかと思われます。
◎検査の復活か?
今回の人事異動で組織編成も大きく動きました。それは総合政策局の組織の拡大とレポーティングラインの明確化です。
まず、総合政策局を官房部門、国際部門、モニタリング部門の3部門制にすることを明確にしました。最大の組織改編は、モニタリング部門の充実です。こまごまと書くと煩雑になるので、象徴的だった検査のスペシャリストである「主任統括検査官と統括検査官」(保険会社担当除く)の人員の動向だけを並べてみます。
2019年(遠藤長官時代)は、たったの5人です。2020年(氷見野長官時代)は、8人。そして、今回、2021年では11人となりました。この3年間、監督局在籍の主任統括検査官と統括検査官の総数は4人と不変ですので、監督局から異動させたわけではありません。遠藤長官時代から見れば、検査官のヘッドが倍増しているのです。
モニタリング部門の拡充の意図は明確です。金融機関の経営危機への対応が念頭にあったと思われます。政策官庁への脱皮の一方、顕在化する可能性のある不良債権問題にも目配せが必要になってきたと判断したのだと思われます。コロナに関連したゼロ金利融資の後始末、それ以前から継続してきた超低金利が反転したときのリスク(マクロプルーデンスですが)が大きいと身構えているようです。なお、定年延長問題も統括検査官を増やした背景になっているかもしれません。
もしかすると金融行政の転換点なのかもしれません。森長官の強烈なヘゲモニーで分離していた監督局と検査局を統合し、オンサイトとオフサイトの一体化を図ったわけですが、将来、なんらかの形で独立させるのかもしれません。ただし、想像の域は超えておりません。
この新たな総合政策局の陣容は、証券監視等委員会の事務局長から転じた松尾元信局長(62年)以下、官房部門の統括である総括審議官(局長クラス)には、伊藤豊監督局審議官(元年)が就任。国際部門統括は有泉秀国際総括官(63年)。モニタリング部門のヘッドは屋敷利紀審議官(日銀移籍・元年)となりました。
伊藤総括審議官は官房に専念するといわれていますので、松尾局長が留任した栗田監督局長と一緒にモニタリングを統括する形です。なお、ご両人は62年入省の同期です。
◎来年の長官
仮に中島長官が1年で勇退するのなら、後任は61年の古澤市場企画局長、62年の松尾総合政策局長、栗田監督局長の3人に絞られます。続投なら62年組の二人と元年の伊藤総括審議官が候補です。
局長のような重要ポストは例外規定(公務の運営に著しい支障が生じる場合に管理職として引き続き勤務できる例外規定を設けている)もあり、内閣人事局はある程度、柔軟に運用することができます。したがって、さきほど60歳以上の局長は存在しないと書きましたが、例外は十分あります。
ちなみに、入省年次ごとの局長定年までの任期は、61年が残り2年、62年が3年・・・となっています(大学現役卒・入省のケース)。これに、例外適用を加味すれば、それぞれ1年プラスとなります。例外適用は次に長官に内定しているような場合などが想定されます。
◎財務省人事
順当に矢野康治事務次官(60年)となりました。ほかの人事も順当といえるなかで、唯一の波乱は、元年入省同期の小野平八郎氏の大臣官房総括審議官と宇波弘貴主計局次長の留任くらいのものではなかったかと思います。太田前事務次官が最も信頼していた宇波氏が総括審議官になると見られていました。
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清水 (土曜日, 07 8月 2021 17:55)
栗田氏は4年も監督局長だが、本当に長官になるのだろうか?長官が3人代わってるのにずっと同じポストにいることに随分な違和感を覚える。役所の長官は長官になる前に色々な部局の局長や審議官を経験するのではないか。