財務省、金融庁は6月24日、定例の幹部人事異動を行った。中島金融庁長官は留任、財務省は矢野次官が退任、茶谷主計局長が昇格した。いずれも既定路線のトップ人事だった。「60歳定年の天井」を意識した人事となりつつあり、財務省も金融庁も足早の異動が目立つようになっている。金融庁では伊藤豊監督局長、財務省では青木官房長人事が注目される。
<金融庁>
◎中島長官の続投と次期長官の絞り込み
中島淳一長官(60年)の続投は昨年、長官に就任したときからのほぼ予定通りの人事だったというのが、大方の見方です。61年の古澤知之市場企画局長を昇格させるという人事構想があれば別ですが、市場企画局長は次の局長ポストが見えない場合、ほぼ“上がりポスト”ですので、この構想は消えていたと思われます。
ただ、長官の続投というのは一般的ではなく、基本は退任です。内閣人事局が発足したあとも、長官(次官クラス)は、任期の終わりが見えてきた時点で担当の大臣に辞任の意向を伝え、大臣がそれを受け取るかどうかという形式的な儀式があります。そのとき本人の続投の意向がない限り、続投はありません。今回は中島長官にはその意向があったということです。
続投の理由として、通常は政策テーマの継続案件や新規テーマの立ち上げなどを挙げることが多いのではないかと思います(官邸との関係もあります)。今回何をテーマとしたのか、判然としませんが、少なくとも必須の「中島案件」があったようには見えません。政策テーマはさておき、「金融庁内部マネジメントが優先された」(関係者)のではないかとみられています。(真実はわかりません)
内部管理については、いくつかの理由が挙げられます。なんといっても、“中島後”の円滑な人事、次の長官人事への布石です。61年の古澤氏と栗田氏と62年の松尾元信総合政策局長を退任させ、62年の栗田監督局長を“格上”の総合政策局長に昇格させたことに象徴されます。栗田氏にとって風通しのよい状況となりました。
栗田氏は監督局長を4年間連続して歴任しただけでなく、監督局以外のキャリアがわずかで監督局一筋という極めて異例のキャリアです。政策立案に直接的に関与する、あるいは責任をもつことが少なくもっぱら個別監督行政に携わってきたため、今回、政策形成・立案という経験を積むことができるポストに回り、「長官としての幅を身に着けるチャンスを中島長官が与えた」(同)という見方があります。次期長官の最有力候補となりました。
総括審議官から監督局長に昇格した伊藤豊氏(平成元年)は、財務省から令和元年に金融庁に転じた大物財務官僚です。主税局税制2課長のあと秘書課長を4年。次は主計局次長というのが、常識的なコースです。ところが、金融危機の際、金融庁監督局におり、またその終戦処理のための産業再生機構の立ち上げにかかわるなど厳しい状況下での金融回りのキャリアもあったことと、また、自身が大学2浪、1留ということで3年のアヘッドがありました。「そのまま主計局コースから事務次官を目指すと年齢制限が厳しくなることから、長官含みで金融庁行きを決心した」(同)とのことです。
伊藤氏は実年齢でいえば、61年入省組となります。つまり、古澤氏と同じ、栗田氏よりも1年上ということです。ひと昔前のように定年まで働くということを想定していない時代ならばともかく、いまは60歳定年(公務員定年と局長の定年)の天井を意識した人事となっています。
伊藤氏の任期は厳密に運用されるならば、残り1年9か月(2024年3月末)となります。形式的には、それまでに定年が62歳の次官クラスである長官になる必要があります。仮に来年、留任あるいは、他局の局長に就任するとその任期中に定年を迎えてしまいます。ただ、実際には特例があり、任期中の定年退官はなく、任期を延長することができますので、来年も局長クラスでも定年の上限をクリアすることができます。
つまり、人事を厳密に運用するならば、伊藤氏は来年、長官になってもおかしくないということになります。
あくまで定年問題からの制約を書いただけですので、政策の立案、現下の課題処理(ここでは一切触れていませんが)など本筋の適材適所の人事を優先するならば、栗田長官はほぼ確実と思われます。ただ、栗田総合政策局長のミッションがどうなるのかが注目されます。前総合政策局長の松尾氏のそれは、マネロン、フィンテックと検査でした。官房機能は総括審議官に完全に委譲していました。これと同じだとするとやや権力不足の感が出てきます。常識的には栗田氏ですが、何かあれば伊藤局長が起用されるかもしれません(一応、イクスキュウーズさせていただきます)。
栗田長官1年、そのあと伊藤長官2年でしょう。なお、お二人のほかに長官候補はおりませんが、下記の天谷氏の官邸によるサプライズ起用の確率1%としておきたいと思います。
◎女性登用の本格化は平成8年組以降に
人事の円滑化の第2の理由として、女性登用があります。60年入省の中島長官が退任してしまいますと61年の天谷知子金融国際審議官(財務省の財務官と同格で次官クラス)の扱いが難しくなります。同期の古澤氏を出したので、天谷氏も退任の可能性がありました。中島氏が続投ならば、年次からも天谷氏も留任できます。「官邸(内閣人事局)は、女性登用しか見ていない」と言われるほど、女性官僚の地位に配慮しています。
天谷氏が退任となれば、実は幹部となる女性がいません。財務省では木村秀美国税庁調査査察部長(2年・内示不明のため現職表記)が次の幹部候補です。ただ木村氏が金融庁に来る可能性が低いため、金融庁の幹部は当面、不在となります。
金融庁では、財務上級の平成4年に木股英子(証券取引等監視委員会事務局総務課長・内示不明のため現職表記)氏がおりますので、木俣氏を引き上げていくのではないかとみられています。したがって、天谷留任は官邸からも必須の人事だったようです。
肝心の金融庁採用キャリアの女性をみると平12年の中川彩子氏(前監督局証券参事官・内示不明のため現職表記)が最初の幹部最有力候補となりますが、天谷氏とはかなり年次が離れてしまいます。この10年間のブランクを埋めるのは不可能かもしれません。
財務省が女性キャリアを意識的採用し始めたのが平成8年。平成25年まで各期1名から2名採用しています。これが平成26年以降は5名です。金融庁のキャリアもほぼ同じタイミングで5名程度採用しています。ですから、すくなくとも平成8年組以降が幹部になるまで待つしかなさそうです。平成25年頃入省・入庁からはかなり女性幹部が目立つようになるでしょう。内閣人事局もそれまではお待ちをというところでしょう。
<財務省>
◎波乱の官房長人事
財務省の矢野康治次官60年から茶谷栄治次官61年へのバトンタッチは既定路線。ほかの幹部人事も無風の予定でしたが、人事異動の直前に起きた小野平八郎前総括審議官(元年)の信じがたい泥酔暴行事件(5月20日未明)によって、官房長人事と理財局長人事が急遽変更されました。「小野氏はすでに次期官房長という内示を受けており、また官房長になった青木孝德主税局審議官(元年)は、理財局長という予定」(関係者)でした。
官房長という重要ポストの就任予定者が幹部人事の異動から外されたため、時間の余裕があるのなら大幅な入れ替えが検討されたと思いますが、内示まで1か月しかなく、すでに財務省の骨格である主計局の人事が固まっており、動かしようがなかったとのことです。
そこで応急処置ということでなるべく影響の出ない人事となり、青木氏を官房長とし、東海財務局長であった齋藤通雄氏(62年)を理財局長に起用しました。
東海財務局長から理財局長になった人事は初めてのことです。そもそも本省局長に異動した人事はありません。従来は、本省に戻るのであれば、審議官、局次長、ほかの地方局長、あるいは預保や政府系金融機関などに出向というパターンです。如何に特異であったということの証左でしょう。一部の新聞報道にもありましたように齋藤局長のそれまでの理財局でのキャリアが評価されたという面もあります。
官房長人事に関しては、昨年このコラムで「元年入省同期の小野平八郎氏の大臣官房総括審議官と宇波弘貴主計局次長の留任くらいのものではなかったかと思います。太田前事務次官が最も信頼していた宇波氏が総括審議官になると見られていました。」と書きました。これは間違いでした。まさか宇波氏が岸田総理秘書官になるとは知りませんでした。
岸田内閣発足時に首席秘書官となった嶋田隆氏(元経産事務次官57年)が宇波氏の厚労関係の厚い人脈を頼んでの人事でした。宇波氏は厚労省とのつながりだけでなく、厚労主計官時代からの日本医師会とのパイプも太い方です。財務省からすでに中山秘書官(4年)を送り込んでいますので、この結果、財務省からは二人秘書官を送り込むことになりました。これまでにないことです。
今年は宇波氏の官房長説もありました。岸田総理が打ち上げた大きな厚労省改革である「こども家庭庁」の設置と「感染症危機管理庁」の新設という実績を上げていますので、本省に戻るという選択もあったはずです。しかし、そこは官邸側が離さなかったということです。後者の感染症危機管理庁の設置は決まったものの、法案ができていないという事情もあります。ほかにも岸田総理が必要としている理由もあるのかもしれません。宇波官房長説が消えて矢野次官お気に入りの小野氏となったわけですが、まさかの事態となりました。
なお、小野事件については、理解できないことがあります。なぜ、深夜なのにタクシーを使わなかったのか、最初に報道したのがTBSだけだったのか(察回りの記者ならば当然知っているはずなのに他社は報道していない)、被害届は出さない意向だったのに、警察に促されて被害届をだしたこと、いまだに示談が進んでいないこと(これは実際のところわかりません。終わっているかもしれません。未決着ということもあり得ます)等々。普通、酔っぱらいの暴行ならば、示談でおわり、不起訴です。まあ、それにしても官房長の椅子を失った代償はあまりにも大き過ぎました。
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