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2024年度金融庁・財務省幹部人事異動評-色濃い年次順送りか

財務省と金融庁は7月5日付で幹部の定期異動を行った。金融庁の栗田長官、財務省の茶谷事務次官とも1年で勇退し、次期長官に井藤英樹氏(63年)、次期財務次官に新川浩嗣氏(62年)が任命された。財務省は局長以上の幹部の退職者が比較的多く、内閣官房との入れ替え人事も目立ち人事異動が大幅なものとなったが、金融庁は栗田長官のみの退職ということから留任人事が目立つ結果となった。

<金融庁>

◎栗田長官が1年で退任、後任に井藤氏

 

 今年は栗田照久長官(62年)の留任か伊藤豊監督局長(元年)の昇格とみていましたので、井藤英樹企画市場局長(63年)の長官就任は驚きでした。ゴールデンウィーク前の4月に井藤氏の長官説が流れ、まさかと思いましたが、本当でした。

 

 2年前に井藤氏の長官説が流れました。2022年、政府が「成長と分配の好循環」「新しい資本主義」というキャンペーンを打ち出しましたが、これを起案したのが新原内閣官房審議官です。金融庁が持ち込んだ「資産倍増計画」と「資産運用立国」プランは、この路線に沿ったものでした。A4数ページのペーパーを持って行ったのが当時企画市場局長であった井藤氏でした。

 

 ご存じのように新原氏は安倍総理と菅総理に可愛がられた総理ブレーンの一人です。マクロ政策の立案、骨太の方針を書いているのも新原氏です。彼に採用されたペーパーは政府の方針となり、その論功、功績は井藤氏に授けられたということです。そこが発火点。長官説が生まれたと聞いております。

 

 論功説が正しいのかどうかはわかりません。官邸関係者によれば、確かに内閣人事局が評価したのは事実だと思われますが、むしろ「人事局は入省年次を考慮して淡々と人事案を作った」(MOF関係者)という見方もあります。栗生人事局長の生真面目なスタンスを反映しているとのことです。

 

 たしかに幹部の評価が数枚のペーパーで決まるわけはないのです。それまでの人事評価、とりわけ現職金融庁長官の人物評価が決め手になります。栗田長官が金融庁の幹部の年次を考慮して、1年、下の年次から順繰りで後任を選んだという“解説”のほうが真実に近いと思われます。

 

 栗田長官の退官で、今後「長官は1年」ということが定着する可能性があります。これまでも氷見野氏、細溝氏が1年で長官を勇退していますが、金融庁(金融監督庁)が発足して25年の間にたった二人ということで例外的でした。複数年が常識化していましたが、幹部の定年が近くなり、ほかの省庁と同じようにトップ(次官クラス)は1年で交代せざるを得なくなっています。

 

 なお、金融庁の長官の役職定年は異例の65歳となっています(ほかの省庁はほとんどが62歳)。組織発足時に年次の高い長官が起用されたためです。国家公務員の定年年齢の引き上げが昨年の4月から実施され、60歳定年から61歳定年となっています。今後、2年間で1年ずつ定年が引き上げられていきます。いずれ65歳となります。これにともなって役職定年の引き上げも必要になるでしょう。事実上ナンバー2の監督局長と長官の年齢の乖離が大きくなれば、人事全体の阻害要因になるからです。

 

 栗田長官の実績として記しておかなければならないのは、ビッグモーター事件に端を発した損保談合に対する行政処分でしょう。中小地銀への公的資金に追加出資も批判はありますが、「決断」だと思います。農中の有価証券運用の失敗についての第1義的な監督責任は農水省にあります。通常であれば、トップの責任追及は免れないところですが、これも長官の決断があったと思われます。もうひとつ追加すれば、あおぞら銀行への大和証券の出資も大きな判断です。あおぞら銀行への公的資金注入も考えられるところ、大和証券を引き出したのは、行政の力が働いたとしか思えません(この事実関係は不明です。推測に過ぎません)。

 

 井藤新長官のテーマは多すぎて困りますが、ひとつ挙げるとすれば金融界の耐久性の維持。マクロプルーデンスへの取り組みではないでしょうか(これは栗田長官以前からのテーマではありますが)。長期にわたった低金利環境によって、銀行の利ザヤは極限まで低下しました。いくら資本が厚いといっても、この状況では取引先のリスクを吸収することができないでしょう。金利があれば倒産リスクをカバーできますが、いかんせん、超低金利が長引きすぎました。地方経済のリスクバッファである地域金融機関がどの程度、耐久力があるのか。

 

◎日銀出身の局長の誕生

 

 屋敷利紀氏(元年・日銀)の総合政策局長への昇格にも驚きはありましたが、同時に納得感もあります。これまでモニタリング畑一筋ですから、総合政策局長はもっともふさわしいポストでしょう。総合政策局長というポストの職務権限・所掌について金融庁は当初、“官房長ポスト”にするということを目論でいました。しかし、事実上の親元である財務省や内閣官房人事局からの反対により、実質的に“検査局長”となっています。検査局を廃止したものの結果として名前を変えただけという感じです。この検査マニュアルがない“検査局”をどう動かしていくか、屋敷氏の豊富なキャリアがものを言いそうです。

 

 屋敷氏は日銀出身です。これまでも金融庁との間をなんども行ったり来たりで、最終的に金融庁に転籍されました。日銀出身者の局長誕生には、財務省筋からの異論もあったようですが、淡々と押し切った感じがあります。屋敷氏の転籍については、日銀の雨宮元副総裁と森元長官との間で「将来、局長として処遇する」という約束があり、これが実行されたということです。画期的な人事といえるのではないでしょうか。一度、民間にでて金融庁に戻ってきた堀本政策立案総括審議官の処遇にも影響があるかもしれません。

 

 油布氏の市場企画局長は当然の異動と受け止められています。昨年の異動も考えられたところです。しかし、井藤氏が留任したために伸びていたということでしょう。石田総括審議官は事実上の官房長を引き続き担い、来年、監督局長というコースを辿るのではないかとみられています。

 

◎来年の長官人事

 

 間違いなく伊藤監督局長(元年)の昇格かと思います。その次は石田総括審議官(2年)です。平成3年の候補者は「まだ絞り切れていない」(MOFOB)とのことなので、ここでは不明としておきます。もしかすると2年組で二人起用、あるいは伊藤氏が2年ということで調整するかもしれません。平成4年は、キャリアから言えば、柳瀬護総合政策局審議官(モニタリング担当)です。今年、総括審議官になるとみていました。

 

<財務省>

◎順当人事とサプライズ人事

 

 下記の表のように茶谷次官から新川次官へのバトンタッチなど、局長クラスの異動はほぼ想定内でした。順当人事です。少しだけ岸田内閣の改造を匂わせている面もあります。ただ、多少のサプライズもありました。

 

 一つは、国税庁長官人事です。住澤氏(63年)は留任かとみていましたが、2年の奥理財局長が昇格しました。年次が元年とひとつ上の青木孝德主税局長は来年に長官かと思いますが、奥氏と順番が逆になった感があります。

 

 二つめは関税局長ポスト。高村氏は内閣官房内閣審議官(国家安全保障局)から本省に戻りました。その前はADB(アジア開発銀行)、国際局の地域協力課長ですので、キャリアからすると意外感がありました。もっとも、関税局長は、安全保障や国際局長と仕事が似ている面がありますので、なるほどと。

 

 3つ目は、江島一彦(2年)関税局長の内閣官房TPP担当です。てっきり国税庁長官コースかと思っておりました。以前に同じコースの人事がありましたので大きなサプライズではありませんが、アメリカの大統領選やほかの内政外政に配慮した感があります。

 

 4つ目は、窪田(63年)内閣官房内閣人事局人事政策統括官の理財局長人事。よく本省に戻した感があります。金融危機のときに日債銀の頭取になった窪田元長官のご子息です。裁判を含め非常に苦労された元頭取の顔が浮かんできました。

 

 なお、財務省が復興庁事務次官のポストを失った点が気になるところです。角田事務次官の後任が出ていません。東北大震災にも区切りがついたということになるのでしょうか。


 
金融庁人事(7月5日付)          
官職 現任者 (入省年次) 後任者 後任者官職 (入省年次)
長官 栗田照久(退職) 62 井藤英樹 企画市場局長 63
金融国際審議官 有泉秀 63 (留任)    
総合政策局長 油布志行 元年 屋敷利紀 総合政策局審議官 元年(日銀)
総括審議官 石田晋也 2 (留任)    
政策立案総括審議官 堀本善雄 2 (留任)    
国際総括官 三好俊之 3 (留任)    
企画市場局長 井藤英樹 63 油布志行 総合政策局長 元年
監督局長 伊藤豊 元年 (留任)    
証券取引等監視委員会事務局長 井上俊剛 3 (留任)    
           
財務省人事(7月5日付)          
事務次官 茶谷栄治(退職) 61 新川浩嗣 主計局長 62
財務官 神田眞人(退職) 62 三村 淳 国際局長 元年
大臣官房長 宇波弘貴 元年 坂本 基 総括審議官 3
総括審議官 坂本 基 3 寺岡光博 主計局次長 3
主計局長 新川浩嗣 62 宇波弘貴 大臣官房長 元年
主税局長 青木孝德 元年 (留任)    
関税局長 江島一彦 2 高村泰夫 内閣官房内閣審議官(国家安全保障局) 2
理財局長 奥 達雄 2 窪田 修 内閣官房内閣人事局人事政策統括官 63
国際局長 三村 淳 元年 土谷晃浩 国際局次長 2
財務総合政策研究所長 渡部 晶(退職) 62 小宮義之 こども家庭庁長官官房長 元年
国税庁長官 住澤 整(退職) 63 奥 達雄 理財局長 2
           
*神田氏と三村氏の異動は7月31日付